87歳『再登板』...あやめ苑再生 美里で2年後「全国サミット」

 
愛するあやめ苑の復活を信じ、再生計画を指導する馬場さん。馬場さんの熱意に応えようと、町民らも協力する=会津美里町

 東北有数のアヤメの名所で、2022年の「全国市町村あやめサミット」の舞台となる会津美里町の伊佐須美神社外苑の「あやめ苑」が危機を迎えている。開苑から40年以上が経過した今年、土壌が衰えるなどして多くのハナショウブが枯れていることが確認された。サミットの開催が2年後に迫る中、窮地を救おうと立ち上がったのは、開苑に携わり、独自の栽培法であやめ苑を観光名所に成長させた元会津高田町職員の馬場啓介さん(87)。復活を信じ、培ったノウハウを町民に伝えている。

 「私が死んでもあやめ苑は残る。サミットでは立派な花を咲かせ、自分が生きた証しにしたい」。手塩にかけて育てたハナショウブが枯れている状況に、馬場さんは居ても立ってもいられない気持ちになった。03(平成15)年に苑の管理者を退いていたが、町に掛け合い「現役」に復帰した。今月からは股関節の病を押してあやめ苑に通い、土壌改良を行って新たに3000株以上を植える再生計画の指導役を担っている。

 あやめ苑の開苑は1976(昭和51)年。当時の馬場さんは、町役場の運転手を務めており、植木作業が趣味だった。上司からの誘いもあり、本格的な造園管理の手法を学びながら、開苑に携わった。「ヘビだらけの原生林を開墾し、池を掘った。病気になって苦しむ作業員も多かった」と振り返る。

 開苑してからも、初めてだったハナショウブの栽培に頭を悩ませた。「いつも全滅と隣り合わせのか弱い花だった」。寒冷地の会津でも大きな花を咲かせることはできないかと独自に確立したのが、野菜畑から着想を得たマルチシートを使った栽培。全国に先駆けて導入したマルチ栽培はその後、東北各地のアヤメの名所に伝わったという。

 馬場さんによると、ハナショウブが最初に花を咲かせるのは、植えてから2年目になるという。再生計画が成功すれば、地元開催のあやめサミットにぎりぎり間に合う公算だ。「私が生きているうちに何とかしないと」。馬場さんは時間との闘いを覚悟する。「管理の失敗は許されないが、愛情をかければ必ず立派な花を咲かせてくれる」。長年栽培に関わった経験が、馬場さんの信念を支える。

 間もなく盛夏を迎えるあやめ苑。馬場さんの指導で植え付けられ、黒いマルチシートから顔を出しているハナショウブたちには、まだつぼみさえない。しかし、馬場さんは、あやめ苑が最盛期のようなしとやかな紫の花に囲まれる日を信じて、町民有志らと地道で丁寧な世話を続けている。