【2020 戦後75年】戦死の弟哀悼 野村俊夫「東京だョおっ母さん」

 

 故島倉千代子さんが歌い大ヒットした「東京だョおっ母さん」は、福島市出身の作詞家で元福島民友新聞記者の野村俊夫(本名鈴木喜八、1904~66年)が作詞した代表曲だ。「久しぶりに手をひいて」で始まる歌詞には、太平洋戦争の「ガダルカナル島の戦い」で戦死した弟に対する、野村の哀悼の思いが込められている。

 ガダルカナル戦は、南太平洋を戦場に1942年8月から翌年2月まで続けられ、日本軍が大敗北を喫した戦闘。日本軍は、米国とオーストラリアを分断しようとガダルカナル島に飛行場を造ったが、米軍に占拠されてしまう。奪還に向け反撃したものの、圧倒的な兵力に押され、補給路も断たれ撤退した。上陸した3万1000人以上の兵士のうち約2万1000人が戦死や病死、餓死したとされる。

 野村の弟の鈴木忠治郎は、会津若松市にあった帝国陸軍歩兵第29連隊(若松連隊)に所属し、ガダルカナル島に出征。42年10月24日に28歳の若さで戦死した。野村は44年の詩稿集の中で、弟の死を悼み悲しんだ詩「弟よ」を残した。後にこの詩が「東京だョ―」につながり、上京した母親の手を引き、戦死した肉親が眠る靖国神社を詣でる情景が歌詞に描かれていった。

 福島市仲間町にある野村の実家には、忠治郎の遺影が飾られている。野村や忠治郎のめいに当たる鈴木公子さん(76)は「『東京だョ―』を聴くと、戦死した叔父(忠治郎)を考えてしまう。心にジーンとくるね」としみじみ。公子さんの妹の千賀子さん(72)は野村との思い出を振り返り「叔父(野村)の曲はいつまでも残り続ける。戦争は絶対にしてはいけないと感じてもらいたい」と語った。

 「東京だョおっ母さん」(歌詞抜粋)

 やさしかった 兄さんが
 田舎の話を 聞きたいと
 桜の下で さぞかし待つだろ
 おっ母さん
 あれが あれが 九段坂
 逢(あ)ったら泣くでしょ 兄さんも