二本松藩士・三浦権太夫義彰を顕彰 安達ケ原顕彰会が案内板

 
安達ケ橋から見えやすく新設された案内板

 安達ケ原顕彰会(二本松市)は、尊皇の士として知られ、戊辰戦争・供中口(ぐちゅうぐち)の戦いで亡くなった二本松藩士三浦権太夫義彰を顕彰するため、戦死の地を示す碑近くに案内板を新設した。

 三浦は、江戸詰の時に重臣の行いに憤慨して藩政刷新の建白書を出したことで策謀を受けて投獄、その後自宅禁固処分となった。

 戊辰戦争に際して赦免され、農兵司令士として出陣。供中口で奮戦、32歳で戦死した。尊皇の志が厚く、やじりを外した矢で応戦したといい、東軍戦死者で唯一、靖国神社に合祀(ごうし)されている。

 供中口古戦場は、同市安達ケ原の県道原町二本松線安達ケ橋近くにあり、三浦の戦死の地碑も建立されている。案内板は従来もあったが、橋や道路から見えづらかった。

 このため同会は昨年の戊辰戦争150年に合わせて建て替えを企画。市の補助を得て高さ3メートル、幅60センチの三角柱の看板を作った。3面とも戦地の地と供中口古戦場の案内が記されている。

 安斎喜一郎会長ら同会役員は、戦地の碑などに献花、焼香して三浦をはじめ戦死者を慰霊した。