【あの日の中合】老舗のプライドを!正直な商売...顧客の信頼に

 
「正直な商売をやらせてもらった」と話す阿部さん

 「中合さん」。常連客は親しみを込めてそう呼ぶ。「『さん』を付けて呼んでもらえるような店で、人生の大半を過ごすことができた。誇らしく、ありがたいことだ」。福島市の阿部徳三さん(95)は1949(昭和24)年から88年まで、中合に39年間勤めた。

 食料品売り場の勤務が長く、お中元やお歳暮の贈答品を扱った。「戦争が終わってしばらくは、贈答品としてかつお節が人気だった。年月の経過とともに、人気はハムに移っていった」。戦後、日本人の食生活が欧米化していく様子を見てきた。

 「正直な商売をやれ」。上司から度々言われた言葉だ。「一つ一つ大きさが違うかつお節は、はかりで量ってその重さに応じた値段を付けて売った」。その正直さが、顧客の信頼につながったと考えている。

 阿部さんは今も、社員時代に唱和した「中合訓」をよく覚えている。

 一品一品真心こめて
 一事一事に力を協せ
 一人一人店持つ気持ち
 一日一日明るく笑顔
 一歩一歩正しく伸びん

 阿部さんの後輩の菅野一さん(83)も、中合訓を印象深く記憶している一人だ。56年、福島高を卒業して数日後に入社。「研修期間を経てハンドバッグやハンカチの売り場に入ったが、最初はお客さんに声を掛けることさえ恥ずかしかった」。厳しい指導を受けながら百貨店の従業員として成長していった。

 中合は73年、大町から駅前の現在地に移転。そのころ駅前は、山田百貨店や長崎屋、コルニエツタヤなど、大型店舗がひしめき合った。

 「駅前に移った時、『年商100億円』を目標にしていたが、すぐに達成できた」。競争相手に負けてはいけないと、老舗百貨店の従業員たちはプライドを持って働き、駅前のにぎわいを支えた。

 菅野さんは感謝を口にする。「中合は俺の人生の全て。百貨店の一番いい時代を過ごさせてもらった」