磐城平城・本丸御殿跡か?戊辰の痕跡も 状態良好!遺構を発見

 
遺構が見つかった磐城平城本丸跡地の発掘調査現場

 いわき市の磐城平城本丸跡地で、江戸時代末期の戊辰戦争の戦禍に伴い焼失したとされていた本丸御殿跡と推測される遺構が見つかったことが26日、市などへの取材で分かった。専門家によると、保存状態が良好なまま出土しており、全国でも珍しいケースという。

 市が公園整備に向けて同跡地で実施している発掘調査で発見された。約440平方メートルの範囲で建物の基礎になる礎石や、伊万里焼などが見つかったという。

 市は公園整備事業で、地表から2メートルの深さで土壌改良を予定していたが計画を変更、30センチ程度の盛り土を施し遺構を保存する方針。国史跡に値するかどうか県や国に相談しており、今後、歴史的価値などが判明した場合は公園整備の計画変更も検討する。

 日本考古学協会埋蔵文化財保護対策委員会の北海道・東北地区連絡会幹事の菊地芳朗福島大教授(54)によると、多くの史跡は地表に建物が建てられるなどして壊されてしまうが、磐城平城跡は元々私有地で、建物が建つこともなかったため遺構がそのまま残っていた。菊地氏は「全国的にも少ない、状態が良いものだ。砲弾なども出土していて、戊辰戦争の跡も残している」と評価する。

 市文化振興課の担当者は「調査範囲を広げ、遺構について明らかにしていきたい。国史跡の指定については文化庁の意見も踏まえて対応したい」としている。

 市によると、礎石の位置関係から本丸御殿の広さや間取りなどを推測できる可能性があるという。本丸御殿に関する詳細な記録はこれまで確認されていない。

 磐城平城は、初代磐城平藩主の鳥居忠政が1603(慶長8)年に築城したとされている。天守閣などはなく、本丸御殿で藩主が生活しながら、家臣と会議などをしていたとされている。