安倍首相辞意...県民に衝撃「まさか」 被災地からねぎらいの声

 
ウニの貝焼きなどを試食する安倍首相(中央)。本県を度々訪れ、本県産の食品の安全性をPRしてきた=2016年6月、いわき市・小名浜漁港

 安倍晋三首相の28日の辞意表明で、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の本県被災地にも衝撃が広がった。「福島の復興なくして東北の復興なし。東北の復興なくして日本の再生はない」。首相就任後、度々本県を訪れ、風評払拭(ふっしょく)や産業再生に取り組んできた安倍氏。復興はいまだ道半ばだが、被災地からはねぎらいの声が上がった。

 「安倍首相のねぎらいの言葉が励みになった」

 本県産のコメやモモ、海産物を実際に口にしながら安全性をPRしてきた安倍首相。2016(平成28)年の川俣町視察で昼食を提供したあじせん楓亭の料理長・菅野卓哉さん(45)は、当時を振り返り感謝する。

 菅野さんは当時勤めていた同町の別な飲食店で、ブランド地鶏「川俣シャモ」を使った親子丼を安倍首相に振る舞った。その際、「大変だと思いますが、頑張ってください」と声を掛けられ、感激したという。「町の特産品をおいしく食べてもらって感無量だった」と話す。

 広野町のNPO法人ハッピーロードネット理事長の西本由美子さん(67)は、16年4月に要望のため首相官邸を訪れた際の、安倍首相の心遣いが忘れられない。

 要望では、双葉郡の高校生と共に、東京五輪聖火リレーを浜通りで実施するよう求めた。その際、当初予定された面会時間は5分だったが、首相の意向で20分に延長されたという。

 西本さんは「国策の良い悪いは別として、首相は被災地の子どもたちに親身に寄り添ってくれた。体調を整え、再び子どもの育成に力を貸してほしい」と願う。

 浪江町の女性(73)は「これまで頑張ってくれていた。病気で辞任するのは残念だろうが、じっくりと治してほしい」とねぎらう。同町は17年3月に一部地域で避難指示が解除され、復興の動きが進む。女性は「安倍首相で復興が進んだ面もあるが、復興は道半ば。次の首相には成し遂げてほしい」と求めた。 新地町の漁師で聖火リレーの走者にも選ばれた男性(68)は「もっと浜通り(県沿岸部)の状況を見てほしかった。この地域の現状が政策に反映されたとは思わない」と話した。