戦国武将・蒲生氏郷が築いた『城下町の礎』 会津まつり講演会

 
氏郷が会津にもたらした功績を語る高橋さん

 会津若松の城下町の礎を築き、地場産業振興に尽力した戦国武将・蒲生氏郷に関する講演会と座談会が21日、会津若松市で開かれた。全国のゆかりの地の関係者が「氏郷公がもたらしたもの」を演題にその功績を語った。

 開催中の「会津まつり」の一環で、氏郷の会津入府430年記念として開催。氏郷は1590(天正18)年、豊臣秀吉の奥州仕置で会津に入った。キリシタン大名でもあり、妻は織田信長の娘・冬姫。黒川と呼ばれた地を若松とし、町割りを進めた。会津漆器や日本酒など殖産政策に務めた。

 県立博物館専門学芸員の高橋充さんは氏郷の死去後、秀吉が主な家臣に朱印状を出して家中がばらばらにならないよう呼び掛けるほどの存在だったことなどを紹介。「会津領主は5年間だったが、短期間で多くのことを残した。広く日本全国を見て、取り入れたり選んだりする発想を示した」と功績を語った。

 「蒲生氏郷公ゆかりネットワーク共同宣言都市」に参加する氏郷の故郷・滋賀県日野町と会津の前任地・三重県松阪市からも講演者が参加した。

 日野町教委生涯学習課歴史文化財担当の振角(ふりかど)卓哉さんは「日野で文化人の素養が培われ、織田信長の下で武将として成長した」と語り、蒲生家の家風を「折り目正しく、けじめをつけていく」と評した。蒲生氏郷公奉賛会事務局長の小野寺均さん(松阪市)は氏郷が築城や町割りに尽力した様子を語った。