「二本松城」復元へ弾み 発掘調査、絵図面の読解進む

 
松田家の文書にあった二本松城の平面図などを確認する三浦名誉教授と三保市長(右)=2020年10月、二本松市歴史資料館

 江戸時代の二本松藩の本拠だった二本松市の国指定史跡「二本松城跡」(霞ケ城)の復元の機運が高まっている。きっかけは、同藩お抱え大工だった松田家所蔵の文書から城内の屋敷などの絵図や差図(平面図)の読解が進んでいるためだ。市は新年度から「二本松城の復元」を重要施策に位置付け、実現に向けた取り組みを進める考えだ。

 松田家は同藩の棟梁(とうりょう)頭取を務めた。文書は709点あり、子孫が約10年前に市に寄託した。文書の一部の内容はすでに知られていたが、改めて市が調査した。その結果、城内の屋敷や会所、付近の建物(「学館」と表記)、上級武士の住宅、下級武士が住んだ長屋などの絵図や平面図、神社仏閣に関する図面の下書きなどの詳細が分かってきた。

 市は文書の信頼性を確認するため、三ノ丸平場(現在は菊人形会場に利用される)の上段にあった御殿(御内所)の平面図を基にして、本年度に発掘調査を行った。照合作業は途中だが、発見された礎石と平面図で合致する部分を確認している。同時並行で城郭復元に詳しい三浦正幸広島大名誉教授に絵図や差図の調査も進めてもらっている。

 市は具体的な取り組みとして、三ノ丸平場にあった屋敷の整備復元を視野に各種調査を進める。三保恵一市長は「戊辰戦争で炎上・落城した二本松城の復元は多くの人々の悲願である。史料の調査や学術検証を行って、往時の姿への復元を進めたい」と語った。