「誰かのため」奏でる 箏男kotomen・大川さん

 
「僕は琴の音色で救われた。今度は自分の演奏で誰かを救いたい」と話す大川義秋さん

 端正なルックスとあでやかな衣装で元日の福島民友紙面を飾った、双葉町出身の若手琴奏者「箏男kotomen」こと大川義秋さん(25)。元日の紙面では収め切れなかった、邦楽界のプリンス誕生秘話や、古里への思いを紹介する。

◆「琴の温かい音色 心に寄り添う」 

―琴の演奏を始めたのは、避難先の埼玉県で入学した高校で。それまで楽器演奏の経験などは?

 「双葉中では吹奏楽部に入っていて、高校でも吹奏楽を続けるつもりだった。しかし、お世話になった先輩が津波の犠牲になり、そのショックで当時は音楽から離れたいと思った。けれど、高校で部活動紹介を見て、やはり音楽は人の心を癒やし、寄り添ってくれると感じて、邦楽部に入ることに決めた。これが琴との運命の出合いだった」

―卒業後、琴奏者として自己プロデュースによる衣装や、立って演奏するスタイルなど、独自のパフォーマンスを確立した。その経緯は。

 「大学生の時に東京都の路上パフォーマーに登録し、黒い着物姿で琴を弾いていた。誰にも立ち止まってもらえず、まずは見た目を変えようと、水色やピンクなどカラフルな着物で演奏してみた。少しずつ足を止めてもらえるようになり、もっと派手な衣装を作ってみたくなった」

 「琴をスタンドに載せて立って弾くのは、演奏中の手元を見てほしいから。床に置いて弾くと、離れた客席からは琴や手元が見えにくい。それはもったいないと思うから」

―自身にとって琴はどのような存在?

 「埼玉に避難してすぐ現地の高校に入学し、福島から来たばかりで友達もいなかった。放射能のこと(風評被害)もあるし、なまりもあるから、誰かと話すのも外に出るのも怖かった。そんなとき、琴を弾いている間はつらいことを忘れられた。琴の温かい音色に僕は救われた。今度は自分の演奏で誰かを救いたい」

―演奏から伝えたい思いは。

 「誰かのために音を届けていきたい。災害などで傷付いた方の声を聞き、それに音色で応えるような、音楽で寄り添うコミュニケーションをする場も増やしていきたい」
 「琴の本体は桐(きり)でできていて、国産品の9割以上は会津の桐を使っている。これからも福島県産の琴からたくさんの人に音色を届けたい」

 おおかわ・よしあき 1995(平成7)年12月14日生まれ。双葉町出身。2011年、東日本大震災の影響で埼玉県へ避難。同県で入学した高校の部活動で琴を始める。17年、第23回くまもと全国邦楽コンクールで最優秀賞と文部科学大臣賞を受賞。20年、賢順記念全国箏曲コンクール最優秀賞。若手男性演奏家の和楽器パフォーマンス集団「桜men」のメンバーとしても活動し、20年メジャーデビュー。津軽三味線も師範の腕前。

 大川義秋ユーチューブチャンネル(https://www.youtube.com/c/kotomen) 琴によるヒット曲のカバーなどの動画を配信中