挑戦の人生、県民に勇気 福島ユナイテッド加入の遊佐選手

 
福島市出身の選手としてチームをけん引する遊佐選手

 福島に頼れる男がやって来た。サッカーの福島ユナイテッドFCの遊佐克美選手(32)=福島市出身=だ。2007(平成19)年のJリーグデビューから国内外のクラブチームを渡り歩き福島に新加入し、「がむしゃらにやる」と気合十分だ。

 小学校から中学校時代にかけてジェイム福島FC(福島市)でプレーした遊佐選手は福島を離れ、サンフレッチェ広島ユースに入団。18歳でトップチームに昇格したが、その後は出場機会を得られずツエーゲン金沢、パラグアイ2部のクラブチームへ移籍しプレーした。

 転機は11年。挑戦の地に選んだインドで評価され、キャリアを重ねた。チームのリーグ優勝にも貢献し、外国人選手という厳しい評価の目にさらされながら結果を出し続けた。

 しかし、新型コロナウイルスの感染拡大でインドのプロリーグが打ち切りとなり、やむなく帰国。収入がないため、モモの選果場でアルバイトする傍ら、福島ユナイテッドFCの練習に参加してアピールし、契約をつかんだ。

 練習では率先して声を出して士気を上げている。「福島のチームが戦う姿は県民に元気や勇気を与えると思っている」と被災地で歴史を刻むチームで戦う意味の大きさも語る。

 昨季主将を務めた田村亮介選手(韓国のプロリーグへ移籍)の7番を受け継ぐ。かつては時崎塁さんや茂木弘人さんら福島市出身でチームの象徴となった選手が背負った番号。遊佐選手は「7番を付けて良かったとサポーターに喜んでもらえるように、背番号に見合った活躍をしたい」と活躍を誓った。