「秘境駅」鉄道ファンら惜しむ声 奥羽線・赤岩駅3月12日廃止

 
赤岩駅のホーム横を通過する山形新幹線=9日

 山間部にあり、列車が1本も止まらない「秘境駅」として鉄道ファンらに知られているJR奥羽線赤岩駅(福島市)が、12日で廃止になる。開業から111年。地元住民の移動手段として利用され、「スイッチバック」と呼ばれる山越えの手段が採用された駅の最後を惜しむ声が上がっている。

 福島市の中心部から現地に向かい、車で山道を登ること約50分。車の進入を拒むように、道が狭くなり、下車して山道を20分ほど歩く。視界が開け、視線を落とすと、線路と駅のホームが見えた。近づくとホームの周囲は草で覆われ、さび付いた状態。長年放置されていたことが容易に想像できる。その横を山形新幹線が通過していった。

 JR東日本によると、赤岩駅は1910(明治43)年10月に開業。急勾配の峠を越えるため、列車が前進と後退を繰り返して走行する「スイッチバック」を行っていた。4駅連続のスイッチバックは県内でも珍しい区間だったが、92年の山形新幹線開通に伴い、スイッチバックは廃止。冬は雪深く、利用客も少ないことから、2017年からは全列車が通過していた。

 JR東は1月に駅の廃止を発表。するとインターネット上では「赤岩駅廃止か残念だなぁ」「完全廃止になるのは寂しいです」―といった声が相次いだ。「最後の記念に駅の付近まで行けて良かった」。ネットで廃止を知り、足を運んだ広野町の会社員鈴木年和さん(42)。駅構内の立ち入りはすでに禁止されており、しばらく遠目から駅のある方を見つめていた。

 駅は住民にとって欠かせないものだった。「週に1度は買い物のため電車に乗って福島駅に行き、中合などで日用品を購入していたのよ」。駅から歩いて30分ほど離れた大平集落に40年近く住む女性(78)は懐かしむ。かつては集落に30世帯近くが住み、積雪で車の移動ができない冬は野菜や牛乳を列車に積んで売りに行った住民もいたという。

 時代の流れとともに駅の利用者は減り、現在は3世帯しか暮らしていない。「名残惜しいけど、廃止はしょうがないかな」。残念な表情を浮かべつつ、言葉を続けた。「スイッチバックはデゴイチ(D51型蒸気機関車)が煙をはくような勇壮さが思い浮かぶ。それが誇りなのよ」。駅は消えても、住民の心には思い出として永遠に刻まれていく。