「会津の縁」を紹介 室井市長も寄稿、新潟・高田北城高の記念誌

 
室井市長の寄稿をはじめ、会津藩とのゆかりが紹介された高田北城高の創立120周年記念誌

 新潟県上越市の高田北城高創立120周年記念誌に初代校長の中野豊記が会津藩士の出身だったことなど会津地方との縁が掲載された。会津若松市の室井照平市長も寄稿した。

 記念誌は3月15日に発行された。同校は1900(明治33)年に高田高等女学校として開校した。50年に現校名となり、普通科に加えて被服科、食物科が設置され、75年には普通科が男女共学となった。

 中野は戊辰戦争で鶴ケ城に籠城して新政府軍と戦った。女性の「娘子隊」として奮戦し、銃弾を受けて22歳で戦死した中野竹子の弟。新潟師範学校で学び、小学校教員養成所の師範講習所などで教師を務めた後、新潟県初の高等女学校として設立された高田高等女学校の校長に着任。6年間にわたって身を置き、新校舎建設に尽力するなど同校の歴史の礎を築いた。

 また、同校の地元の高田藩は、戊辰戦争後に故郷を追われた会津藩士を預かり、藩士の墓地もあるなどつながりがある。
 室井市長は寄稿の中で「(中野は)姉竹子と同じく、会津の地で培われた信念と志を貫いた先人の一人。新潟県の教育界の発展に貢献したことは大きな誇り」とつづった。池嶋聖也前校長は会津藩と高田藩のつながりを紹介した。