大熊、次世代につなぐ「商いの火」 押田さん親子、飲食店再開

 
いわき市で水揚げされたカレイの煮付けなどが並ぶ魚定食

 東京電力福島第1原発事故で大熊町に出ていた避難指示が大川原、中屋敷の両地区で解除され、10日で丸2年を迎えた。大川原地区では5日、町役場新庁舎東側に公設民営の商業施設がオープンし、にぎわいを生んでいる。かつての中心市街地だった下野上地区などの特定復興再生拠点区域(復興拠点)は来春の解除を控え、町は商業施設の開所を「本格復興の足掛かりにしたい」とする。

 「大熊を次世代につなぐ。私はその接続詞の一人」。商業施設に入居し、町内で10年ぶりに事業を再開した飲食店「魚定食おしだ」の店主押田吉弘さん(68)は語った。いわき市で水揚げされたカレイの煮付けなど、新鮮な魚料理を来店客に振る舞っている。

 押田さんは震災前、下野上地区で鮮魚販売や下宿事業などを手掛けた「大八」の2代目社長。順調だった下宿事業の拡大を模索していたとき、震災と原発事故が起きた。それから2年後、避難先のいわき市で事業を再開したものの、不完全燃焼だと感じていた。

 「商売人としての自分の道を最後までやりきりたい」。くすぶる思いに再び火をともすため、古里での出店を決めた。「ここは下野上ではなく大川原だけど、大熊であることに変わりない」と、復興に力を注いでいる。

 震災から10年。店を経営する大八の3代目社長に就いたのは、押田さんの長男大司さん(38)だ。高専生だった20歳まで町内に暮らし、親元を離れて大学と大学院で数学を研究。その後に関東で約10年、システムエンジニアとして働いた。安定した給料で妻子を養っていることに幸せを感じていたが、父親の決断を機に、古里で生きる幸せも探したいと一念発起した。

 「嫌なことがあっても踏ん張れる。それが古里だと思う」と大司さん。店主の父やスタッフをまとめる経営者として、新しい一歩を踏み出した。厨房(ちゅうぼう)では日々、魚をさばく練習に打ち込んでいる。「まだまだお客さんに出せるようなものではありませんね」と苦笑いを浮かべながら、頭のバンダナを締め直した。