【風評の行方・処理水放出】東京電力賠償 被害の線引き不明瞭

 

 「風評による被害者は誰なのか。因果関係の立証は容易ではないだろう」。東京電力福島第1原発事故を巡る集団訴訟(生業(なりわい)訴訟)で、原告側の弁護団事務局長を務める馬奈木厳太郎(まなぎいずたろう)弁護士(45)は、線引きの難しさを指摘する。

 菅義偉首相は処理水の海洋放出決定に当たり、風評払拭(ふっしょく)に向けたあらゆる政策を行っていくと明言。政府が決定した「基本方針」では風評が生じた場合、東電が賠償するとし、政府が指導することを盛り込んだ。

 だが、風評被害が具体的に何を指すのか、その対象が誰なのかは現時点で明確にされていない。魚が売れなくなったら、観光客が減少したら...。「風評被害がいつ、どういった形で現れるのかは誰にも分からない。因果関係が見えづらい」と馬奈木弁護士は話す。

 賠償を巡って争いが生じれば司法に判断を委ねることも選択肢の一つになるが、結論が出るまで相当の時間を要する。生業訴訟は提訴から7年以上がたった今も争いが続き「最近は訴訟でもADR(裁判外紛争解決手続き)でも東電側が態度を硬化させている」と馬奈木弁護士は説明する。

 政府の基本方針では、被害者に立証負担を寄せることなく迅速に対応するよう東電を指導するとしているが、被害者は資料をそろえるなど相当の覚悟と体力が必要となる。馬奈木弁護士は「利益が減少したことを被害者が証明しないといけないが、その裏付けは大変。東電も因果関係を争うでしょう」と推測する。

 「国、東電とも結局は人ごと。責任を取っていない」。生業訴訟の原告の一人で、楢葉町のそば店主山内悟さん(66)は憤る。

 山内さんは原発事故後、東京都内に避難した。訴訟の動きがあると知り、2013(平成25)年に福島地裁での集団提訴に参加。その後、楢葉町に戻り、店を再開した。県内の避難所を転々としていた母親は訴訟の結末を見届けることなく、15年に死亡した。「時と場合によって態度が違う。東電は信用ができない」と山内さんはつぶやく。

 生業訴訟で、仙台高裁は「東電の報告を唯々諾々と受け入れ、規制する役割を果たさなかった」と国の姿勢を批判した。馬奈木弁護士はそれを引き合いに、こう指摘する。「これまでの経験や知恵を集めれば、被害が生じた際の展開は予想できる。将来に禍根を残すことは間違いない。政府方針を受け入れるかどうかは県民自身が決める問題であり、議論が必要だ」