二本松万古焼 江戸末期の木型修復、唯一の窯元「後世に残す責任」

 
木型を修復し「木型を次世代に引き継ぎたい」と話す井上さん

 県の伝統的工芸品「二本松万古焼」唯一の窯元、井上窯の陶芸家井上善夫さん(71)=二本松市=は、江戸末期や明治時代から作陶に使われ、老朽化で一部が使用不可能となっていた木型を修復した。

 木型は、伝統の「手ひねり型くずし」製法に欠かせない道具。井上さんは「木型を次世代に引き継ぎ、地域の宝である二本松万古焼をしっかりと保存してきたい」と話す。

 木型は、10個程度の部品を組み合わせると、急須や湯飲み、とっくりなどの形になる。板状の粘土を張って成形した後、木型を外して使う。二本松藩士の渡辺伊八郎が木型を考案。その後改良され「手ひねり型くずし製法」に発展した。

 元々、二本松万古焼を復活させた井上さんの父善治郎さん(故人)が44点を引き継いだ。ただ老朽化が激しく、使えない木型もあった。井上さんは一部を使って作陶を続けてきたが、万古焼を引き継いで60年を期して昨年、修復を決めた。

 修復は、全国税理士共栄会文化財団の助成を受けて行った。水洗いして汚れを取り、本体の欠けた部分や壊れたほぞなどを新しく作り直した。併せて万古焼に関心がある人の参考にしたいと、修復過程をまとめた記録書を作成し、二本松市などに寄贈した。井上さんは「伝統を受け継いだ者として、木型を修復し、後世に残す責任がある」と、修復を終えた喜びを語る。

 木型は井上窯で、来場者に公開している。また開窯記念日の8月25日~9月12日、市民交流センターで展示会を開く予定。問い合わせは同窯(電話0243・23・2195)へ。

 【二本松万古焼】安政年間(1854~60年)に山下春吉が始めたと伝わる。その後、二本松藩主の丹羽氏が京都から焼き物職人を呼び寄せて下級武士に教え、産業化を進めたといわれる。明治時代には失業した士族の授産としての役割を担ったが、戦時中に一時途絶えていた。