双葉で初のコメ試験栽培 11年ぶり田植え、被災市町村全て着手

 
双葉町で初めて行われたコメの試験栽培=19日午前、双葉町下羽鳥

 東京電力福島第1原発事故に伴い全町避難が続く双葉町は19日、来年春ごろの避難指示解除を目指す特定復興再生拠点区域(復興拠点)内の同町下羽鳥の水田で、初めてコメの試験栽培に着手した。生産者らは「待ちに待ったこの日が来た」と万感の思いを込め、町内で11年ぶりの田植えを行った。

 試験栽培は営農再開に向けた放射性物質の検査が目的で、10アールの田んぼで行う。この日は、地元生産者の沢上栄さん(71)が田植え機を使い、県オリジナル品種「天のつぶ」の苗を植えた。沢上さんは「やっとここまで来た。田植えはひと味違っていいね」と喜んだ。震災前の町の耕地面積は702ヘクタールで、このうち水田は約87%となる611ヘクタール。水稲を中心に、農業は町の基幹産業の一つだった。コメは秋の収穫後、放射性物質の検査をした上で全量廃棄される。それでも、田植えを見守った伊沢史朗町長(63)は取材に「事故当初、田植えができる日が来るとは想像できなかった。この取り組みを農業再生の光にしていきたい」と期待を込めた。

 生産者「待ちに待った」

 原発事故の被災市町村で最後発となる試験栽培の日を迎え、地元生産者でつくる下羽鳥・長塚地区農地保全管理組合長の木幡治さん(70)は「涙が出るくらいうれしい。最高の一日」と喜んだ。

 試験田のある羽鳥地区は、相馬藩の頃からコメどころとして有名で、おいしいコメが作れる自慢の地域だった。しかし、原発事故で帰還困難区域となり、稲作は諦めざるを得なかった。

 同地区で農地の除染が行われたのは、原発事故から8年たった2019年度。その後、「もう農地が荒れていくのは耐えられない」と、木幡さんら組合員が避難先から町に通い、除染後の農地を守ってきた。

 除染後に山砂を入れただけの水田は、震災前とは別物。土が硬く、地表面の高さも不ぞろいで、試験田の代かきに丸3日をかけて田植えにこぎ着けた。

 営農再開は25年度が目標。放射性物質の安全性確保はもちろん、良質な土への改良や担い手の確保など課題は山積するが、木幡さんは「多くの協力をいただきながら、営農再開へ頑張っていきたい」と意気込んだ。