郡山市民の目守り20年、千葉の眼科医 第2の故郷に情熱注ぐ

 
「福島は第2の故郷」と話し、本県の医療に寄り添い続ける藤田さん(藤田さん提供)

 千葉県我孫子市の眼科医藤田博紀さん(51)=千葉県市川市出身=は約20年にわたり、桑野協立病院(郡山市)の非常勤医として地域医療を支えている。我孫子市で医院を営む傍ら、郡山市で診療を続ける原動力は、本県への思い入れと人の温かさだという。「福島は第2の故郷。体力が続く限り続けたい」。距離の壁を越え本県の患者に寄り添い続ける。

 藤田さんは、研修医で入局した東京医科歯科大が桑野協立病院の関連病院だった縁で1997(平成9)年4月、同病院に常勤医として派遣された。1年で別の病院に移ったものの、99年4月から非常勤医として勤務を始め、当初は週1回、現在は月1回のペースで訪れている。

 地元ではなかなか見られない雪化粧。JR郡山駅から病院への経路となるさくら通りは、春になれば満開の桜で出迎えてくれる。地元と比べ、より四季を感じやすい風土にも魅力を感じている。患者の中には手土産として育てたコメを持ってくる人もいる。「病院のスタッフも患者も本当に温かい。どんなに大変でも、郡山に来るとほっとするんですよ」

 約20年間で一度だけ、辞めようと思ったことがある。2011年3月の東日本大震災と東京電力福島第1原発事故だ。加齢により感じ始めていた体力の低下に、事故収束の不透明感が追い打ちをかけ「正直、(勤務を続けるのは)気が進まなかった」と打ち明ける。しかし、事故に伴う本県医療の窮状を知り「自分から辞めるとはとても言えなかった」。使命感と本県への愛着が、不安を上回った。

 藤田さんは、巣ごもりやリモートワークで目の負担が増しているコロナ禍などを踏まえ、支障がない時には安全な環境を確保して短時間でも目を閉じる「アイクロ(iCLO)」を提唱、医学専門誌に論文を発表するなど精力的に活動している。執筆の際の治験では桑野協立病院の協力を得た。「こうした取り組みも福島の人の目を守る一助になれば。福島から世界に広めていきたい」。本県へのまなざしは熱を失わない。