原発事故、撤去前実家で演奏動画撮影 双葉出身・琴奏者大川さん

 
取り壊しが決まった実家前で動画を撮影する大川さん

 節目の年に新たな一歩を―。双葉町出身の琴奏者「箏男kotomen」こと大川義秋さん(25)は、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故で住み手がいなくなった町内の実家を取り壊すことを決めた。幼いころから過ごしてきた思い出の場所を記録として残そうと、震災後に始めた琴の演奏を実家前で撮影し、動画に「保存」した。

 室内に残る落書きや床に転がったままのランドセル。かつての生活の跡が残る2階建ての実家前で大川さんは2月下旬、自身が作曲した「時の風に乗って」のメロディーに合わせて演奏動画を撮影した。「思い出がたくさん詰まった家がなくなるのはつらい。でも取り壊すことで次のステップに進める」。感傷に浸りつつ、視線は先を見据える。

 地震の翌日に実家を離れ、避難した埼玉県の高校に進学した。そこで琴の温かな音色に触れ、つらい気持ちが和らいでいった。高校を卒業後、20歳から本格的に琴奏者として活動をスタート。邦楽界で権威ある全国大会や国際コンクールなどで上位に名を連ねるほどに成長し、和楽器パフォーマンス集団「桜men」のメンバーにもなった。

 震災後に初めて実家に戻ったのは昨年3月。テレビのドキュメンタリー番組の撮影だった。「あまり乗り気ではなかった。まだ前に進めていない自分がいた」。だが実家に一歩足を踏み入れると心が切り替わった。かつて過ごした町の自然や風景、よみがえる実家での楽しい日々。気持ちが前を向き「曲作りに息づいている」ようになった。

 震災と原発事故から10年。老朽化や生活拠点が別の場所にあることなどから、家族と話し合って実家の取り壊しを決めた。「双葉で過ごした日々があったから今の自分がいる。自宅がなくなる前に、琴の演奏動画に残したい」。そんな思いから撮影を思い付いた。「思い出として残すだけではなく、今後また災害が起きたときの希望の光になれば」。住み慣れた実家は心と動画の中に刻まれ、新たな形として残っていく。

 撮影した動画は動画投稿サイト「ユーチューブ」で公開されている。アドレスはhttps://youtu.be/JJ_DmHNooV0