10巻目標、気付けば103巻 漫画家・魔夜峰央さんインタビュー

 
 まや・みねお 1953年新潟市生まれ。73年漫画家デビュー。78年から「花とゆめ」(白泉社)で連載が始まった「パタリロ!」はテレビアニメや舞台にもなった大人気作品。現在は総合エンタメアプリ「マンガPark」で連載中。82年に発表した「翔んで埼玉」は30年以上を経て人気になり2019年に映画化された。趣味はバレエ。愛称は「ミーちゃん」。

 伊達市の梁川美術館で開かれている「震災復興応援 まんが色紙展 木村忠夫コレクション」のトークイベントに出演した漫画家の魔夜峰央さんに、作品「パタリロ!」「翔(と)んで埼玉」への思いや制作時のエピソードなどを聞いた。

ただの黒じゃない

 ―これまで県内を訪れたことは。
 「小学校の修学旅行で会津に来たことがある。そのほかは通り過ぎるだけでした」

 ―「パタリロ!」は連載43年目。19日には103巻が発売されます。ここまで長寿作品になった理由は?
 「連載を始めた若い頃、編集長と『何とか10巻まで出そう、そこまで頑張ろう』と話した。10巻をクリアしたので、次は『がきデカ』と同じ26巻まで、次は『ドカベン』と同じ、『サザエさん』と同じ、と。あとは勢いに任せてという感じですね」

 ―「パタリロ!」が愛され続けるのはなぜ。
 「パタリロの赤ちゃん体形なところかな? 安心感を与えてくれる、というところでしょうか」

 ―影響を受けた画家は?
 「オーブリー・ビアズリー(19世紀末の英国のイラストレーター)とはベタの使い方がよく似ているらしいのですが、それは多分たまたまで、ベタの考え方がビアズリーと近いのかなと思います。ただの黒じゃなく、闇であり、血であり、ちょっと気取って言うと絶望であったり。それを分かって塗っているかどうかで違ってきます」

 ―ビアズリーは浮世絵にも影響を受けたそうですね。
 「以前、新潟の美術館で開かれたビアズリーの展覧会で原画を見たら、明らかに歌川国芳の構図と思われる作品があり、H・R・ギーガー(スイスの画家、造形作家)の作品と似ているものもあった。国芳―ビアズリー―ギーガーと系譜が見えて面白かったです」

 ―少年漫画の線は好きではなかった?
 「ええ、がさつな線は私の目が受け付けませんでした」

最初はせりふから

 ―漫画の描き方はどのように?
 「ネーム(漫画の大まかなコマ割り)を作らずに原稿用紙にせりふを書いていきます。せりふが全部入った段階で絵を描き始めます。せりふがなかったら絵が描けません。ほかの人は真似しない方がいいと思います。大けがしますよ(笑)」

 ―LGBTQは一般的に知られるようになりました。「パタリロ!」の主要登場人物であるマライヒとバンコランなど、作品には美少年と男性の恋愛がよく登場します。昔はどう考えて描いていたのでしょうか。
 「少年愛のつもりでは描いていません。私が描く美少年は、男の子の体を持った女の子です。女性を描くのが苦手なので、いちばん描きやすい方向を目指していったら、男の子であり女の子となりました」

 ―ギャグはせりふを考えてから組み立てていく?
 「そもそも、ギャグは考えません、反射神経ですから。一つのせりふがあったら次がぽんぽんと出てくる。考えてはいません。それに伴って動きが出てきます」

 ―考えたアイデアで「それはダメ」と言われたものはありましたか。
 「けっこう消されたシーンはありました。夜中に編集長から電話が来て『こんなものを載せて雑誌が発禁になったらどうするんだ、このコマは消す』とか。幻のシーンがいくつかありますね。さらに今は無理でしょうね。『翔んで埼玉』も、今はどこの編集部に持って行っても絶対載せてくれないでしょう。昭和だからできたことです」

 ―漫画家になるために大事なことは?
 「漫画家になりたい人は漫画だけを読んではだめ。漫画だけだと、そこから得た知識だけで勝負しようとしてしまう。漫画と関係ない事を一生懸命して、そこで得た知識と経験を漫画に生かす、という方向性でなければプロにはなれないでしょう。ひらめきをストーリーにするには知識が必要です」

私が一番びっくり

 ―地域づくりの点から、「翔んで埼玉」(埼玉県所沢市在住の頃に制作)のような作品が非常にうらやましいです。映画化もされました。
 「日本中で私が一番びっくりしたと思います。漫画界で、何十年も前の作品がいきなり復刻して大ヒット、という例はないんです。映画の出来栄えもよかった。主人公役がGACKTさんと聞いたときはびっくりしましたが、ピッタリの役でしたね」

 ―ぜひ「翔んで福島」を描いていただけないでしょうか。
 「あのね...、住んだこともないのに描けませんよ。福島出身の方に描いてもらうといいんじゃないでしょうか(笑)」