【特集・戦後76年】不戦、思い継ぐ新慰霊碑 建立に中島さん尽力

 
中島さんらの尽力により、スーサイドクリフに建立された慰霊碑(中島健一さん提供)

 第2次世界大戦の激戦地となった北マリアナ諸島サイパン島に今夏、戦没者の新たな慰霊碑が建立された。建立場所は米軍に追い詰められた日本兵や民間人が次々に身を投げた絶壁「スーサイド(自殺)クリフ」。建立に尽力した福島市出身の中島健一さん(46)=埼玉県志木市在住=は「先人から引き継いだバトンを次世代に渡すことが私たちの役目。後世の人が思いをはせる手掛かりになればいい」と思いを語る。

 中島さんは神奈川県で保育園を経営する。新型コロナウイルスの感染拡大前は、観光で何度もサイパンを訪れていた。同じように日本人が海に身を投げた「バンザイクリフ」の上にあるスーサイドクリフを訪れた際、無残に壊れた慰霊碑の数々が目に入った。

 戦後76年がたち戦没者の遺族は高齢化し、新型コロナウイルス禍もあり、日本から遠く離れた地の慰霊碑を維持管理することは困難を極めている。中島さんによると、現地には遺族や戦友会が設置したと思われる慰霊碑が数十基あるが、ほとんどが破損し、そのまま放置されているという。

 碑にガムが付いていたり、ハンマーなどの鈍器で壊されたような跡があったことから「先人の思いに報いたい」と感じた中島さんは、現地の日本人の協力も得て、慰霊碑の建立に向けて動きだした。

 募金活動で約400万円の工事費を賄い、「あの難き日々 心に平和を」と刻まれた慰霊碑を建立した。破損しないように頑丈な台座の上にコンクリート製の楕円(だえん)の碑を乗せ、鉄筋で補強した。楕円は角を壊されないようにするためで、中島さんは「例え100回壊されたとしても101回建立するという強い気持ちがある。今は達成感でいっぱい」と話す。

 第2次世界大戦中、同島で行われたサイパンの戦いの戦没者は民間人1万2000人を含む日本人5万5000人とされ、米軍人3500人、島民900人も犠牲になった。

 新たな慰霊碑には維持管理されていない慰霊碑を集約する意味が込められており、中島さんは「コロナ禍が収束したら現地に行く。心を破かれるような思いをしながら命を落とした人がたくさんいることを示したい」と話している。