言語面の橋渡し役に 車いすラグビー日本代表通訳・二階堂さん

 
リモート取材に応じ「金メダルまでの試合を全力でサポートしたい」と話す二階堂さん

 24日に開幕する東京パラリンピック。新型コロナウイルス感染症の影響で東京五輪に続き大半の会場は無観客で行われるが、多くの本県関係者が世界各地から集まるパラアスリートたちの戦いを支える。

 日本車いすラグビー連盟協会強化員の二階堂のり子さん(49)=鏡石町=は、コーチ通訳として車いすラグビーチームに同行する。「チームの一員として金メダルまでの一戦一戦を全力でサポートし、戦い抜きたい」と意気込んでいる。

 埼玉県の国立障害者リハビリテーション学院を卒業後、同県内の病院に就職。仕事をしながら、上級障害者スポーツ指導員として車いすバスケットボールなどのクラブチームで審判を務めたり、自らも競技に挑戦したりした。

 通訳になろうと思ったのは、1998年に開かれた国際大会で、車いすバスケ日本代表チームにスタッフとして初めて同行した時の出来事がきっかけ。一般の通訳が帯同していたが、障害者スポーツは専門用語が多く「ルールや戦術、障害のクラスなどを理解している私が英語を話せた方が、選手の制限も少なくなるのではないか」と考えた。

 専門的に英語を学んだ経験はなく、日常会話もままならないレベルからのスタート。そこで二階堂さんは、当時働いていた千葉県の職業リハビリセンターを退職し、思い切って英国へ2年間留学することにした。

 2012年のロンドン・パラリンピックでは、大会組織委員会のボランティアとして現地で活動。選手村で、学院生時代に施設の入所生だった車いすラグビー日本代表の選手にたまたま再会したことなどを縁に代表チームの通訳スタッフとなり、海外遠征や国際大会の調整役を担った。

 5年前からはチームのヘッドコーチが米国人となり、二階堂さんはコーチと選手の橋渡し役に。最初は選手もうまくコミュニケーションを取れるか不安そうだったが「彼らにはラグビーという共通言語があるので問題なかった」という。

 パラリンピックへの同行は、リオデジャネイロ大会に続き2回目。今大会には、二階堂さんが創設に携わった車いすラグビークラブチーム「東北ストーマーズ」での体験を機に競技を始めた橋本勝也選手(19)=三春町役場=が初出場する。「若手であっても世界トップになれるよう、有言実行してほしい」と期待する。

 コロナ禍で大会が延期されても「選手たちはやるべきことをしっかり積み重ねて自信をつけてきた」と見守る二階堂さん。「想定外の事態も想定し、覚悟を持って選手をサポートしていきたい」と力強く語った。