東京パラ、裁く「最高峰の戦い」 車いすバスケ審判・二階堂さん

 
初めてパラリンピックの試合を裁く二階堂さん。「選手がゲームに集中できる環境をつくる」と意気込む

 24日に開幕する東京パラリンピック。新型コロナウイルス感染症の影響で東京五輪に続き大半の会場は無観客で行われるが、多くの本県関係者が世界各地から集まるパラアスリートたちの戦いを支える。

 最高峰の戦いを冷静に裁く―。国際車いすバスケットボール連盟国際審判員の二階堂俊介さん(44)=県立大笹生支援学校教諭=は、東京パラリンピック車いすバスケットボールに審判として参加する。「日本代表の一員として役割を果たす」。世界で26人、日本で2人という狭き門をくぐり抜けて立つコートで、ホイッスルを響かせる。

 「障害者スポーツは福祉やリハビリ、生活の質の向上だと思っていた」。漠然としたイメージが、車いすバスケと出合って払拭(ふっしょく)された。車いすが激しくぶつかり合うことから「格闘技」との異名も持つ競技。2003(平成15)年に初任地の郡山養護(現支援)学校でその魅力を知った。

 審判を志したのはそれから5年後。08年にいわき市のいわき養護(現支援)学校に赴任し、同市のいわきサンアビリティーズ館長で、アテネ大会から4大会連続で派遣された菅野英輔さんに師事した。

 小学4年から順大までバスケットボールの選手だった二階堂さんだが、目の前には「全く違うバスケ」があった。戸惑いから笛を鳴らせず、両チームから罵倒されたことも。それでも菅野さんから直接指導を受け、時には審判の映像を送り指示を仰いだ。

 東北は大会が少ないため、競技が盛んな関東に出向く"武者修行"も敢行。1年間で50試合以上で笛を吹き、技術を磨いた。海外の試合の動画も数多く視聴。審判の動きを常に観察し、17年に国際大会を裁ける国際審判員の資格を得た。

 国際大会は一つのジャッジで流れが変わる。そのため「0.5秒、笛を我慢できるならそのプレーは流す」と微妙な判断力が求められる。「選手がゲームに集中できる環境をつくるのが役割」と重責を痛感している。

 8日に閉幕した東京五輪の体操競技には、順大時代の寮で、同学年で同室だった梅本英貴さんがコーチとして参加しており、その姿にも刺激を受けた。審判員は予選から採点され、ランクが高いほど準決勝や決勝などを担える。「審判として最大の名誉。そこを目指したい」