「必要なことならば実現する」 南相馬市在住の作家・柳美里さん

 
書店開業を巡るエピソードを振り返り「困難はあるけど、必要なことならば、実現するだろうと思っています」と語る柳さん =7月、福島市・桜の聖母短大

 「私は何かをやるときに『できる』『できない』では考えない」「必要なことならば、実現するだろうと思う」―。第31回みんゆう県民大賞の、ふるさと創生賞を受けた南相馬市小高区在住の作家柳美里さん(53)。福島市の桜の聖母短大で7月に行われた表彰式で、自身の信条や書店を開くまでに起きた奇跡のような物語を明かした。

 柳さんは、東日本大震災の発生翌月から南相馬市に通い詰め、2015(平成27)年4月、同市に神奈川県鎌倉市から転居。18年4月にJR小高駅近くに書店「フルハウス」を構え、20年3月にはカフェを併設した。開業を決意した背景には、原発事故に伴う避難指示が16年7月に解除された小高区の現状があった。

 「高校の部活が終わる時刻に小高に行ってみたら、駅通りが真っ暗でした。避難指示が解除されたばかりの時ですね。これは灯(あか)りが必要だと思いました」

 翌年春には小高産業技術高の開校が控えていた。多くの生徒が通学で駅を利用するものの、電車を待つ居場所がない。自分ができる店を考えたとき、唯一思い付いたのが書店だった。経営する知識もないまま、すぐ駅通りに土地を購入した。しかし、若者を中心に読書離れが深刻化する時代。周囲からは厳しい反応が返ってきた。

 「友人の書店みんなから『大借金を背負って大変なことになる』と言われたんです。南相馬の書店の人に相談しても『趣味と思わないとやってられないよ』って」

 ハードルも立ちはだかった。出版社と書店を仲介する流通業者「出版取次」の確保だ。出版取次は、新刊書を契約した各書店に輸送する。しかし、原発事故で周辺からは書店が消えた。出版取次との契約はコスト面で難しかった。出版取次が見つからなければ、新刊書は取り扱えない。

 そんな折、偶然の出会いがあった。NHK連続テレビ小説「あまちゃん」で話題となった岩手県の第三セクター三陸鉄道の社長を訪ねた際の出来事だ。宿泊先の同県宮古市のホテルで後ろから自分の名前を呼ばれた。

 声の主は背広姿の男性。出版取次大手、日本出版販売(日販)の東北支店長だった。しばらくすると同じホテルにいた社長も姿を見せた。支店長は「柳さんの書店(の取次)をやらせてください」と直訴。社長は首を縦に振り、その場で許可が出た。

 「小説に書いてあるみたいな、出来過ぎでリアリティーのない話。半信半疑で小高に帰ったら、すぐにメールが来て、そこから進み始めたんです。今もいろいろ困難はあるけど、必要なことならば、実現するだろうと思っています」

震災・原発事故、本も被災

 新刊書店にこだわったのは、原発事故で悲惨な本の姿を目の当たりにしたからだ。帰還困難区域の住民の一時帰宅に同行した際、地震で崩れたまま折り重なった本は動物に踏み荒らされ、ふん尿で汚れていた。思い出が詰まっていても、ページをめくることができない。書店を訪れる人の記憶にも、荒れ果てた本の姿があるかもしれないと思った。

 今、柳さんの書店は人と本、人と人をつなぐ空間になっている。楢葉町の60代ほどの女性は胸に手を当て「うわー、きれい。木のにおい、紙のにおいがする」と言って涙ぐんだ。震災で親しい人を亡くした岩手県大船渡市の医師は車で片道約4時間かけて訪れ、必ず絵本1冊を選んで抱きかかえるように持って帰る。

 柳さんは、一人一人のエピソードに思いを巡らせながら言葉を紡いだ。

 「フルハウスには、魂の避難所としての役割があるのではないか」(鈴木健人)

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 ゆう・みり 1968(昭和43)年、茨城県土浦市生まれ。役者、演出助手を経て演劇ユニット「青春五月党」を結成。97年「家族シネマ」で芥川賞、20年「JR上野駅公園口」で全米図書賞受賞。南相馬市小高区の自宅でカフェを備えた書店「フルハウス」を営む。