猪苗代に渋沢家の悲劇伝える石碑 安部さんら明治の碑文訳す

 
新しく設置した現代語訳の看板を紹介する安部さん。上に見えるのが実際の石碑

 NHK大河ドラマ「青天を衝(つ)け」の主人公として注目される渋沢栄一。猪苗代町の中ノ沢温泉神社には、明治後期の渋沢家に起こった悲劇を伝える石碑が今も残る。中ノ沢温泉旅館組合職員で猪苗代地方史研究会理事も務める安部なかさん(70)は「町内でもほとんど知られていない石碑だが、ドラマ化をきっかけに広めていきたい」と話す。

 1900(明治33)年7月、安達太良山の噴火により猪苗代町側の沼ノ平火口付近にあった硫黄採掘所「沼尻鉱山」が全壊した。所内の従業員70人以上が亡くなり、初代鉱山長の渋沢仁之助(にのすけ)も33歳の若さで命を落とした。仁之助は、栄一のいとこで盟友の渋沢喜作(ドラマでは高良健吾さんが演じる)の次男になる。親族の中でも栄一から特にかわいがられていたという。

 「仁之助は金銭問題を繰り返し起こすなど自由奔放な性格で、栄一は自分に似ていると思ったのか、特別に目をかけていた」と安部さんは解説する。栄一の勧めでドイツに留学し、帰国後は栄一が多額の資金を出資する沼尻鉱山に赴任したが、赴任からわずか2年後に火口にのみ込まれた。

 渋沢家は一周忌に仁之助をしのぶ石碑を境内の階段途中に建立。碑文は〈ああ、この地が渋沢仁之助君が命を落とした場所である〉で始まり、〈形ある身は滅びても魂は清く永らえるものだ〉と早すぎる死を悼んでいる(いずれも現代語訳)。

 石碑の存在は地元でも長らく忘れ去られていたが、ドラマ化が決まった頃から問い合わせが相次いだ。安部さんは仲間と一緒に碑文の現代語訳に取り組み、周辺旅館でつくる中ノ沢温泉株式会社によって18日に訳文の看板が設置された。

 安部さんは「沼尻鉱山の悲しい歴史と一緒に、これからは渋沢家に降りかかった悲劇も語り継いでいきたい」と話している。