「応援の思い感じた」橋本、夢はパリへ 車いすラグビー「銅」

 
オーストラリアに勝利して銅メダルを獲得し、円陣を組む橋本(中央)ら日本チーム=国立代々木競技場

 東京パラリンピック第6日の29日、車いすラグビーの日本は3位決定戦で前回リオデジャネイロ大会優勝のオーストラリアを60―52で下し、2大会連続の銅メダルを獲得した。橋本勝也(19)=三春町役場=は3位決定戦の出場こそなかったが、チームのメダル獲得に貢献した。県勢の夏季パラリンピックでのメダル獲得は2008年北京大会の陸上競技で銀メダルに輝いた八巻智美さん以来13年ぶり。

 2大会連続の銅メダルを獲得したパラリンピック車いすラグビーの日本チーム。「パラの舞台の重みや一試合の大切さ、応援してくれる皆さんの思いを感じることができた」。試合終了後、橋本は振り返った。目標の金メダルには届かなかったが、チーム最年少の19歳は初の大舞台で多くのことを学んだ。

 勝利が決まった瞬間、チームメートがメダル獲得を喜ぶ中、この日ただ一人出場機会がなかった橋本は、どこか晴れない表情を見せた。チーム全員で円陣を組んだ後、エースの池崎大輔(三菱商事)が橋本の元に駆け寄り、屈強な腕でぐっと抱き寄せた。「俺たちの姿を見て悔しい思いを忘れずに追い抜いてこいよ。おまえならできる」。こらえていた涙があふれ出し、顔をぐしゃぐしゃにしながら何度もうなずいた。

 橋本の両手の指は生まれつき2本で障害のあった両脚は3歳の時に切断し、幼いころから車いす生活だった。転機が訪れたのは、中学生の時。運動導入教室に通い基礎体力のトレーニングを始め、そこでシドニーパラリンピック車いすバスケットボール銅メダリストで県障がい者スポーツ協会の増子恵美さん(三春町出身)と出会った。

 中学2年生の時、増子さんに車いすラグビーチーム「東北ストーマーズ」を紹介された。激しくぶつかり合う車いす―。「男らしくて格好いい」。一瞬で魅力にとりつかれた。

 競技を始めるとすぐに頭角を現した。2018年に日本代表入りし、同年の世界選手権で世界一に輝いた。今春に高校を卒業すると、地元の三春町役場に就職した。理由は「支えてくれた地元の人に感謝を伝えるためには最高の場所だったから」。三春交流館「まほら」で窓口業務などをしながら、仕事終わりに増子さんから指導を受けるなどして本番に向け準備してきた。

 夢見た東京の舞台では2試合に出場。計7トライを挙げ、次世代のエースとして存在感を示した。橋本には3年後のパリ大会での金メダル獲得のほかに、もう一つ目標がある。「自分のプレーを見てもらうことでたくさんの人に競技を知ってもらい、勇気や希望を与えたい」ということ。自分の活躍は誰かが一歩を踏み出すきっかけになる。そう信じている。(阿部二千翔)