車いすバスケ・豊島、夢の集大成 「和」の主将、歩んだ5年間

 
車いすバスケットボール男子決勝の米国戦でディフェンスする豊島(左)=有明アリーナ

 選手12人とスタッフは、心を一つに歴史の扉を開いた。王者米国に肉薄し、東京パラリンピックで初めての銀メダルを獲得した車いすバスケットボール男子。「先輩も含めて積み上げてきた歴史がある。非常に重たいです」。主将の豊島英(あきら)(WOWOW、いわき市出身)は、首に掲げた世界2位の証しを大事そうに見つめた。

 前回大会9位の日本が「4年プラス1年」で世界の頂点を競うまで飛躍するまでの歩みが、豊島の脳裏をよぎる。新型コロナウイルスの感染拡大による大会の延期と代表活動の制限は、先の見えぬ孤独との闘いだった。「自宅でのトレーニングに意味を見いだせなかった」。パラ大会3回連続出場のベテラン豊島にとっても、集中を維持することは簡単ではなかった。

 チームとしてまとまるため、主将として打ち出したのはオンラインミーティングの実施だった。1週間に1回の頻度で実施し、全体で話すこともあれば、数人ごとにグループ分けするなど、つながりを大事にした。代表は、5年前の主将就任時から言い続けてきた「若い世代も意見を言えるチーム」となり、本番を迎えた。

 自国開催の大舞台。若手とベテランが融合した日本は次々と強豪国を撃破し、初めて決勝までたどり着いた。決勝でも先発した豊島は、熟練の「チェアスキル」を駆使して守備に攻撃に奮闘。8―0のスタートダッシュにも貢献し、世界を驚かせた。接戦の末に敗れたが「思っていた以上に(米国の)背中が近かった」。チームの成長が何よりうれしかった。

 「豊島には絶対の信頼があった。豊島じゃなかったら駄目だったと思う」。コロナ禍で活動がままならなかった中、チームをまとめ上げた主将に指揮官は最大限の賛辞を忘れなかった。

 「僕はもう、この大会で終わると決めている」。豊島は3年後のパラ大会を目指さないと表明した。「目標のメダルは達成した。これからの金メダルへの道は次世代に譲りたい」。大粒の涙をこぼしながら、後輩選手に夢の続きを託した。

 表彰式では一転して輝く笑顔でメダルを受け取った。「東北にメダルを届けたかった。僕はメダルを取れて本当にうれしいんです」。集大成の夢舞台でバスケットボールの神様から、かけがえのない宝物を受け取った。(折笠善昭)