若者、指導者に経験伝える 須賀川一中柔道部、侑子さん死去3年

 
侑子さんのベッドを見つめる(左から)政恭さんと晴美さん。全国から贈られた千羽鶴が飾られるなど、侑子さんの部屋は生前とほぼ変わらぬ姿で残されている

 須賀川市の須賀川一中で2003(平成15)年、柔道部の練習中に起きた事故で、後遺症のため市内の自宅で療養していた車谷(くるまたに)侑子さん=事故当時1年、享年(27)=が亡くなり12日で3年となった。父政恭さん(65)が7月いっぱいで定年退職したこともきっかけとなり、政恭さんと母晴美さん(58)の2人はスポーツでの事故を防ぐため、若者や指導者らにこれまでの経験を伝えようとしている。

 政恭さんは定年退職して時間の余裕ができ、客観的に振り返る機会も増えた。事故から18年。政恭さんは「柔道自体が悪いわけではない。安全に学べる環境を整えることが大切」と考え、「若者や現場の指導者らに事故を伝える場を設けたい」との思いが強くなってきた。

 晴美さんは今年、過去に柔道事故で頭部をけがした青年と出会った。青年は晴美さんに「学生時代に柔道をしていた時に頭を強打したが、『須賀川一中の事故みたいになったら大変だ』と周囲が迅速な対応をしてくれたおかげで大事に至らなかった」と話したという。

 青年はこう続けた。「僕は侑子さんのおかげで普通の生活が送れている。侑子さんに感謝している」

 晴美さんはこの時、「娘の事故が表に出ていたおかげで助かった人がいる。同じような事故をなくすためにも、伝えていかないといけない」と改めて決意したという。

 亡くなった侑子さんは事故により、自立歩行や明確な意思疎通ができない「遷延性(せんえんせい)意識障害」の後遺症を負った。晴美さんは15年間、侑子さんの隣で寝起きして介護を続け、夜は約1時間おきに起きて、呼吸器にたんが詰まらないよう吸引を繰り返した。

 その経験から2人は同じような在宅介護を続ける人たちでつくる「家族会」などと交流を続けてきた。現在は新型コロナウイルス感染症の影響で活動が制限されるため、オンラインなどで経験を伝えている。

 2人はこの18年を振り返りながら「国内では、依然として危険な柔道事故が起きている。娘と同じような事故を起こしてはならない」と話し、新型コロナが収束したら今まで以上に発信や交流の機会を増やす考えだ。

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 須賀川一中柔道部事故 2003(平成15)年10月に発生した。事故を巡る民事訴訟の事実認定などによると、侑子さんは、当時部長の男子生徒に一方的に投げられて頭を強打、硬膜下血腫のため意識不明となった。侑子さんと両親は06年8月、学校側が安全配慮義務を怠ったなどとして損害賠償を求め市などを提訴。地裁郡山支部が09年3月、市などの過失を認め、約1億6000万円の支払いを命じる判決を言い渡し、確定した。