竹下亘元復興相死去 福島県内から悼む声

 

 自民党衆院議員で竹下派会長の竹下亘(たけした・わたる)元復興相が17日死去した。74歳。島根県出身。竹下登元首相の実弟で、衆院島根2区選出。通夜と葬儀・告別式は近親者で行う。「お別れの会」を後日実施予定。党島根県連が明らかにした。

 竹下亘元復興相の死去を受け、竹下氏と30年来の付き合いという佐藤雄平前知事は「信頼できる兄貴のような存在。総裁選の渦中に残念の極みだ」と声を震わせた。

 竹下氏は、兄で元首相の登氏(故人)の秘書を過去に務めていた。自身も故渡部恒三衆院議員の秘書を務めていた佐藤氏は、その当時から交流を続けてきた。

 印象に残るのは、竹下氏が復興相の就任あいさつで知事室を訪ねてきた時のこと。「雄平ちゃん元気?」。公の場だったが、普段通り気さくに声を掛けてくれたことがうれしかったという。

 島根県出身の竹下氏。地方出身者として被災地復興を「わが事のように考えてくれた」という。「原発事故で古里を奪われた住民の心を第一に考え、何事にも一生懸命に取り組んでくれた」と振り返った。

 竹下氏と衆院当選同期で、21年間にわたり親交を深めた吉野正芳元復興相(衆院福島5区)は「一番の友人を失った。残念でならない」とその死を惜しむ。震災と原発事故直後、吉野氏の身を案じた竹下氏から何度も電話があった。「復興相として福島の復興のために親身になって力を尽くしてくれた」と悼んだ。

 中間貯蔵施設への土壌搬入などの課題に、当時竹下氏と膝詰めで意見を交わした渡辺利綱前大熊町長は、「人間味のある人だった」と振り返る。

 会津若松市での会議の前日、造り酒屋を営む実家からわざわざ酒を持参した竹下氏と、酒を酌み交わしながら町の復興を議論した。現場で対応に当たる町の職員も席を共にした。「そうした気配りや親しみやすさがあり、翌日の会議では腹を割って話ができた。現地にもよく足を運んでもらった」と感謝する。

 伊沢史朗双葉町長は「当時の町の厳しい状況を踏まえ、常磐道常磐双葉インターチェンジ整備などに支援をいただいた。ご冥福をお祈りする」とコメントした。