3.11が誕生日「運命」...引退の白鵬、被災地に思い 県民は感謝

 
避難所を訪れ子どもたちと触れ合う白鵬 =2011年4月、石川町総合体育館

 現役引退の意向を固めたことが27日分かった大相撲の横綱白鵬。自身の26歳の誕生日だった2011(平成23)年3月11日に発生した東日本大震災の被災地を気に掛け、特別な思いを持って復興支援を続けてきた。「お疲れさま」「感動を忘れない」。県民からは土俵を去る大横綱に感謝とねぎらいの声が上がった。

 「自分の誕生日が震災の日というのが、運命というか宿命というのがあった」。今年3月11日に報道陣の取材にそう話した白鵬。言葉通り、本県などの被災地に何度も足を運んだ。

 発災から間もない11年4月9日、石川町や平田村の避難所に支援物資を届け、広野町や楢葉町の避難者を激励した。「人間味あふれる優しさがある人。10年たつが、あの時の感動は忘れられない」。案内をした、現在石川町長の塩田金次郎さん(72)は振り返る。白鵬が観光大使を務めていた鹿児島県霧島市の当時の市長と塩田さんが大学時代の同級生だった縁で訪問が実現。白鵬は自ら購入したカップ麺1万食分や、飲料水10トンを大型トラック2台に積み、避難所だった石川町総合体育館などを訪れた。

 子どもを抱いたり、住民と握手をしたりして時間が許す限り避難者を励ました。当初予定になかった場所に行くことも快く引き受けたという。突然の訪問に涙を流して喜ぶ人もいた。塩田さんは「福島を支援してくれたことを今も感謝している。後輩の育成や相撲協会の発展のために頑張ってほしい」とエールを送る。

 同年6月には新地町を訪れ、津波で大きな被害を受けた沿岸部に向かって鎮魂の土俵入りを披露、力強い姿で被災者を励ました。当時、役場でボランティア活動をしていた同町の自営業小泉憲章さん(45)は訪れた力士の周囲に人垣ができたことを覚えている。「テレビでしか見られない存在が来てくれ、町の方は元気をもらったはず」と感謝し、「強過ぎて悪役的な役割を背負わされてしまったのは残念だが、けがを負いながら横綱を務め続けたことはすごいこと。お疲れさまと言いたい」とねぎらった。

 力士会会長だった白鵬は復興支援として会津若松市などに土俵を寄贈することを決定。18年3月、会津総合運動公園内に「あいづ相撲場」として完成した。このほか、東京に避難した被災者にちゃんこを振る舞ったり、平田村で行われた企業の式典で餅つきをしたりするなど、被災地に寄り添い続けた。今年3月の取材では「ワクチン(の接種)が広がっていろんな所に行けるようになったら(被災地へ)相撲を教えに行こうかと思っている」と今後への思いも話していた。

 自身も小中学生時代に相撲に取り組んだ、南相馬市の大槻綾さん(27)は「勝ち続けたのはすごいこと。後進育成で強い力士を育ててもらいたい」と話し「引退後も現役時代と変わらない気迫で福島に熱い思いを注ぎ続けてほしい」と願った。