剥がれた天井、泥まみれの教室...災害の記憶生々しく 震災遺構

 
津波で壁から引き剥がされた職員室の校内の時計や火災報知機を管理する複合盤。津波が到達した午後3時37分で時計の針が止まっている=7日午後、浪江町

 教室の天井から鋭くむき出した鉄骨、津波到達時刻の午後3時37分を指したままの時計―。県内初の震災遺構として浪江町請戸で24日開館する「請戸小」は、東日本大震災から10年半が過ぎた今も災害の記憶を生々しく物語る。「地震、津波、原発事故という複合災害の脅威を肌で感じてほしい」。7日に開かれた報道機関向けの内覧会で町教委担当者は風化防止への思いを語った。

 「祝・卒業証書授与式」。体育館には、3月23日に行われるはずだった卒業式の横断幕が掲げられたまま。もうすぐ巣立つ6年生を祝おうと、次の最上級生となる5年生が準備を進めていたその日、震災が起きた。

 請戸小は海岸から300メートルほど離れた沿岸に位置する。津波は校舎2階の床面まで到達し、1階は全て押し流された。校舎には当時、1年生を除く児童82人と教職員13人がいたが、近くの高台に避難して全員無事だった。ただ、小学校のある請戸地区では154人が津波の犠牲になった。

 校舎1階に入ると、教室の天井が剥がれ落ち、むき出しとなった照明用の配線がひらひらと揺れていた。横を向くと、ガラスがない窓から風が吹き込んでいた。泥をかぶったままのオルガンやパソコン、職員室には午後3時37分を指したままの時計―。被災当時のまま保存され、地震と津波の激しさを伝えていた。

 階段で2階に上った。比較的被害は少なく、震災関連の資料がパネルなどで展示されていた。6年生の教室の黒板には「がんばっぺ請戸」などの文字がびっしり。行方不明者の捜索で立ち入った陸上自衛隊員や、避難先から訪れた卒業生らが書いたメッセージが残されていた。

 「風化が進む震災の記憶を伝え、来館者の防災意識の向上につなげたい」。震災遺構を担当する町教委の玉川宏美さん(31)は、施設整備の最大の目的を語る。請戸地区は家屋流失などで風景が一変したが、今もなお残る請戸小は、震災前の記憶を残す地域のシンボルになると考えている。「全国に散った住民が、請戸の思い出を語り合う場所にもなってほしい」。開館日はもうすぐ。玉川さんはそう願いながら、校舎を見つめた。(文・渡辺晃平、写真・永山能久)