【東日本台風2年・遺族】避難の選択、今も自問自答

 
東日本台風で浸水したいわき市の夏井川周辺=2019年10月13日午前7時20分ごろ(県いわき建設事務所提供)

 「水が上がってからは何もできなかった。少しでも不安に感じたら早めに避難するしかない」。東日本台風(台風19号)による夏井川の氾濫で、いわき市平幕ノ内地区で暮らす母を亡くした内桶せつ夫さん(73)は当時の状況を思い返し、こう口にした。

 おととしの10月12日、せつ夫さんは介助が必要な母、光江さん=当時(97)=のため仕事を終えてからいつものように家を訪れた。既に激しい雨が降っていたが、大事に至るとは考えていなかった。

 台風の状況を確認しながら過ごしていると、日付が変わるころ、家の中に水が入ってきた。体が不自由な母と逃げるのは難しいと考え、「いずれ治まるだろう」とその場にとどまった。

 ベッド引きながら

 しかし、水の勢いは止まらず、13日午前2時をすぎるころには胸の辺りまで迫ってきた。平屋で2階に逃げることはできない。

 119番通報したが、相次ぐ要請に対応が追い付かないとのことで、消防からの返答は「天井裏に逃げてほしい」だった。

 午前5時ごろ、水はせつ夫さんの背丈を越えた。椅子の上に立った状態で、水に浮かんだ母のベッドを支えた。天井に到達する勢いだった。「もう駄目だ」。外に出た方が助かる可能性があると考え、避難を決断した。

 母にベッドにしがみついてもらい引きながら泳いで外に出た。辺りは暗かったが、目の前に堤防の高台が見えた。向かおうとすると、ベッドが家の前の木に引っ掛かった。何とか抜け出したものの、その後、迫ってきた濁流に抵抗できずに一気に流された。せつ夫さんは必死で近くの木にしがみついたが、母のベッドは見当たらなかった。しばらく木をつかみ続けた後に流され、気が付いたのは病院のベッドの上だった。

 16日になり、自宅から1キロ下流で母が遺体で見つかったことを知った。「その場にとどまれば助かったかもしれない」「早めに天井を破るべきだった」「隣家に助けを求めることもできたのではないか」。当時の選択を今でも自問自答する。

 関心薄れた頃来る

 現在は夏井川の復旧が進み、県や市を中心に再発防止の議論が続く。せつ夫さんは「東日本台風も、災害に対する人々の関心が薄くなった時に発生したように思う。今だけではなく、これから何十年先までずっと考えていかなくてはならない」と話した。