【東電旧経営陣強制起訴 迫る控訴審(上)】弱者と向き合う審理を

 
父と母の写真を見つめる大熊町から避難する女性。「父と母が亡くなった理由を知りたい」と話す

 東京電力福島第1原発事故を巡り、業務上過失致死傷罪で強制起訴され、一審東京地裁で無罪となった勝俣恒久元会長(81)ら旧経営陣3人の控訴審初公判は11月2日、東京高裁で開かれる。ほかの被告は武黒一郎(75)、武藤栄(71)の両元副社長。裁判で被害者とされるのは、原発事故による長時間の避難を強いられ、死亡した双葉病院(大熊町)の患者ら。控訴審を前に遺族の思いや、控訴審の見通しなどに迫った。

 「なぜ、あそこで家族が死ななくてはならなかったのか。原発事故の責任は誰にあるのか」。旧経営陣3人に無罪判決が言い渡されてから約2年。双葉病院患者の遺族らは、近づく控訴審を注視している。

 大熊町から双葉郡内に避難して生活を送る女性(68)は被害者参加制度を利用し、一審が開かれた東京地裁に20回以上通った。裁判官に震災時の経験を直接伝えようと意見陳述もした。

 女性は、双葉病院系列の介護老人保健施設「ドーヴィル双葉」に入所していた父親=当時(92)と母親=同(88)を原発事故による避難中に亡くした。

 長男(43)と一緒に法廷に向かったのは、両親の死の理由を知りたいと思ったからだ。「(原発が)爆発さえしなければ...」。その思いを抱え、傍聴し続けた。

 そして、下った一審判決。亡くなった両親が置いてけぼりにされていると思った。審理は専門的な議論が多く、女性はむなしさが込み上げてきたという。女性は来月開かれる控訴審について「あとは見届けるだけです」と静かに語った。

 大熊町から水戸市に避難する菅野正克さん(77)は、肺炎で双葉病院に入院していた父健蔵さん=当時(99)=を亡くした。事故から約1カ月後に病院で対面した健蔵さんは意識があったが、事故前とは違い、かなり衰弱した姿だった。

 菅野さんは一審の裁判記録をノートに書き留め続け、判決を迎えた。無罪判決は到底納得できるものではなかった。怒りが込み上げ、判決内容を聞いている時間が苦痛だったという。

 「(指定弁護士は有罪にするための)証拠をそろえたのに。10年たっても誰に責任があるのか分からないなんて」。消化できない思いが今も残る。

 父の写真を見つめる菅野さんは「弱者に向き合い、納得する判決を出してほしい」と話し、待ち望んでいた控訴審を迎えようとしている。

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 東電旧経営陣強制起訴裁判 起訴状によると、旧経営陣3人は大津波の浸水によって原発事故を招き、長時間の避難を余儀なくされた大熊町の双葉病院や系列の介護老人保健施設の入院患者や入所者ら44人を死亡させたほか、原子炉建屋の水素爆発で自衛官ら13人にけがを負わせたとしている。東京地裁で行われた一審では3人にいずれも禁錮5年が求刑されたが、2019年9月、無罪判決が言い渡された。その後、検察官役の指定弁護士が控訴していた。