消防職員「一番悲惨な現場」 小野7人死亡火災から3年

 
尊い命が奪われた火災現場。今もがれきなどが散乱する=小野町飯豊

 小野町飯豊の塩田恒美(つねよし)さん=当時(61)=方で2018(平成30)年11月、建物から出火し、小学生や保育園児4人を含む7人が死亡した火災は、21日で発生から3年を迎える。「27年間の消防人生の中で一番悲惨な現場だった」。火災原因の調査などに当たった消防職員が20日までに福島民友新聞社の取材に応じ、県内では平成最悪の犠牲者数となった火災を振り返った。

 「小野町で建物火災が発生」。18年11月21日午後11時10分ごろ、非番で自宅にいた当時田村消防署予防係の安藤宗寛(むねひろ)さん(47)=現郡山地方消防本部予防課火災調査係=の携帯電話に、災害メールの一報が届いた。田村消防署に向かうと、現場の職員から無線で届く言葉に耳を疑った。「多数の要救助者がいるもよう」。最悪の事態を想定した。

 鎮火後の翌22日午前8時ごろ、初めて現場に足を踏み入れた。2階部分が焼け落ち、柱や瓦などが積み重なった現場で、見つかっていない子どもらを捜索。「同じ年代の息子がいる私にとっては目を覆いたくなるような光景だった」。それでも、手でがれきをかき分け、黙々と捜索を続けた。

 遺体発見後は、約185平方メートルもの現場を隅々まで調べ、火災の原因を探った。現場で見つかった暖房器具5台を分解し、電気配線がショートしてできる数ミリの痕跡や、たばこの吸い殻がないかも確認した。「7人も亡くなった火災原因をなんとしても特定しなければ」。しかし、2日間に及んだ調査で、確実な物証を見つけることはできなかった。

 「住警器が設置されていれば、逃げ遅れを防げたかもしれない」。今もやりきれない思いを抱えている。「あのような悲惨な火災が二度と起きないよう、家族全員で身を守るすべを話し合ってほしい」。言葉には力がこもる。

近隣住民、毎年冥福祈る

 近隣住民や関係者は毎年、命日に合わせて現場や墓を訪れ、犠牲者の冥福を祈っている。

 現場近くに住む会田房俊さん(90)は「子どもたちは幼かった。かわいそうでならない」としのぶ。亡くなった塩田大輝君=当時(8)=が通っていた飯豊小で校長を務めていた橋本幸夫さん(62)も今年、命日に合わせて墓参りする予定だ。「悲惨な出来事が二度と起きないよう、ただただ静かに祈りたい」

          ◇

 小野町一家7人死亡火災 2018年11月21日午後11時ごろ、小野町飯豊字荒屋敷の塩田恒美さん=当時(61)=方から出火し、木造2階建て住宅などを全焼。塩田さんや孫の小学生、保育園児ら7人が犠牲になった。死者7人は平成以降、県内で発生した建物火災の犠牲者としては最多。