母、司法制度の変革願う 郡山出身女性死亡、米ひき逃げ1年

 
母博子さんが大切にする華子さんの笑顔の写真と、大学在学中に陸上大会で入賞した際のトロフィー

 米カリフォルニア州サンフランシスコで郡山市出身の阿部華子さん=当時(27)=がひき逃げされ、亡くなった事件から31日で丸1年を迎える。強盗罪で収監後に仮釈放されていた男が盗難車で引き起こした凶悪な事件。華子さんの遺族は「犯人はこれまで70件以上の重犯罪を犯している。現地の司法当局が、そんな危険人物を野放しにしなければ犠牲になることはなかった」と、いまも癒えることのない悲しみの中にいる。

 華子さんが事件に巻き込まれたのは、昨年12月31日の夕方(日本時間は今年1月1日)。けがをした友人にチーズケーキを作って励ましてあげようと材料を買い出しに行く途中だったという。横断歩道を渡ろうとしたところ、犯人の車が赤信号を無視して猛スピードで進入し、華子さんと近くを歩いていた女性をはねて死亡させた上、逃走した。

 華子さんは普段から、郡山市の家族と無料通信アプリLINE(ライン)などを使って頻繁にやりとりをしていた。しかし今年の元旦になってからLINEの既読が付かなくなったため不思議に思っていたところ、家族の元に悲報が届いた。母の博子さん(64)が米国に向かい、娘と悲しみの再会をしたのは事件から約1週間後だった。

 博子さんが現地で華子さんの部屋の片付けに入ったところ、一冊のファイルを見つけた。その一番前のページには華子さんが中学3年時に書いた作文が収まっていた。「多くの人から愛され続けられることが私の夢です。そのためにさまざまな文化や価値観を持つ多くの人と出会い、理解し合いたい」。大きな希望を抱いて海外に渡った娘の姿を思い、涙があふれた。

 華子さんは日大東北高2年の時、英国に短期留学したのをきっかけに海外の大学進学を志した。東日本大震災が起きた10年前に高校を卒業し、米ケンタッキー州の大学に進学。その後アーカンソー州の大学に転学してコンピューターサイエンスを学び、2018年からサンフランシスコの不動産会社で働いていた。博子さんは「いつも自分の力で未来を切り開いてきた強い子だった。それなのに、こんな形で人生を終えることになるなんて」と憤る。

 サンフランシスコでは、凶悪犯を仮釈放した上、仮釈放中に犯した事件についても起訴をしていない検事への非難が高まり、来年6月にリコール選挙が行われる見通しとなった。ただ博子さんは「検事を解任するだけでは、今後も同じような事件を防ぐことはできない。司法制度を変えていってほしい」と訴える。

 「娘は多くの友人たちと出会ったサンフランシスコが大好きだった。だからこそ安全な町になってほしい。そうでなければ娘が報われない」。博子さんは、写真の中で笑顔を見せる華子さんに語り掛けるようにつぶやいた。