体験会から漁師生活 異業種から転職、新しい夢は「自分の船」

 
(上)江川さんの教えを受けながら船上の仕事に奔走する佐藤さん(左)=いわき市(下)県内6漁協の組合員数の推移

 本格操業への移行期に入った福島県漁業は、東日本大震災と原発事故後の漁業者減少が大きな課題となっている。こうした中、いわき市と市漁協が本年度から開始した漁業体験事業で、異業種からの就業に結び付いた。モデルケースとして担い手確保の光明となるか。関係者の期待が高まる。

 朝日に照らされるいわき市の久之浜漁港。港に戻った底引き網漁船「第28新章丸」の船上で、佐藤正樹さん(29)が慌ただしく作業する姿があった。漁業体験を通じて漁師となって、まだ2カ月。網の引き上げや魚の選別、水揚げ、競りの準備と次々と続く作業に息つく暇もないが、汗がにじむその顔には充実感が漂う。「漁に出るのが面白くってしょうがない」

 二本松市出身の佐藤さんは高校卒業後、福島市などで建築、建設関係の仕事をしていた。7年ほど前に生きがいともいえる釣りに出会い、海の仕事への興味が高まっていった。しかし、漁師になる糸口が見つからず半ば諦めかけていた。

 そんな折、偶然に漁業体験の募集を知った。年齢や職歴を考えて決断は迷ったが、「このチャンスを逃したくない」と、漁師になる覚悟を決めて10月に3日間の体験に臨んだ。温かく接してくれる漁業者や充実感を覚える自然の中での作業。体験が終わった後、「漁師になるんだろ」との問いの答えに迷いはなかった。

 夜中の出港のため、船上では突き刺さるような冷たい風に見舞われる。力作業も多いが、真剣勝負ともいえる漁に気持ちが高ぶり、つらさを感じることはない。"親方"といえる市漁協組合長で船頭の江川章さん(74)の教えを受けながら、仕事を覚える毎日だ。

 将来は自分の船を持ち、漁をするのが夢となった。そのために、佐藤さんは「いち早く仕事を覚え、何でもできる漁師になる」と決意を新たにする。(大内義貴)

 いわき市と漁協の担い手策 「少しでも現状打破に」

 いわき市漁協の現在の組合員は295人で、震災前から約160人減少した。平均年齢は65歳で高齢化も深刻となっている。減少の要因は漁師の雇用形態にもある。各船主が個人事業主のため、雇用は信頼できる親族や乗組員の知人などに偏り一般への間口は狭かった。

 県全体でも担い手確保は急務だ。県のまとめによる県内6漁協の正組合員、准組合員合わせた組合員数の推移は【グラフ】の通り。2019年度には震災前の10年と比較し378人減少した。県の担当者によると、漁師の死去による自然減に、震災や原発事故の影響で後継者が他の仕事に就いたことなどが拍車を掛けたとみられる。賠償が切れたタイミングで漁業者が廃業する可能性もあり、人材確保は大きな課題となっている。

 こうした現状から市と市漁協は本年度、漁業を体験して雇用につなげる事業を久之浜地区で開始。参加した6人中、佐藤さんら2人が就業し高校生1人も今春に就業予定となった。

 市漁協は組合員の意向を調査して需要を見極める方針で、来年度以降の各地区への事業拡大を視野に入れる。同漁協の新妻隆専務(62)は「何もやらなければ漁業者が減るだけ。小さな取り組みかもしれないが少しでも現状打破につながってほしい」と願いを込めた。