衣服の染型紙「会津型」現代も彩る 喜多方、体験観光で脚光

 
(写真上)会津型の型彫り体験を行う観光客(左)(写真下)会津型を使って製作した衣類やうちわなど

 もしかしたら、お殿様がこの柄の服を着ていたかもしれない―。江戸時代後期から昭和初期にかけて衣服をさまざまな紋様で彩った喜多方の染型紙「会津型」。時代や文化の移り変わりとともに一度は途絶えた「幻の染型紙」だが、関係者の活動などもあって現代に復活。最近は体験イベントや商用化も進み、にわかに脚光を浴びつつある。

 喜多方市の染織工房れんがで4月23日、会津型の型彫り体験をする人の姿があった。柿渋で貼り合わせた和紙にいろいろな会津型の紋様を置き、それに合わせて型を彫っていく。最後には上から色づけをして仕上げた。「型彫りは静かな場所で集中することができてデトックスにもなる」と体験した会津坂下町の会社員山内碧さん(29)は笑顔を見せる。

 約3万7千点ある染型紙や関係資料は市が保存、管理しており、事業者は市に利用申請をすれば、自由に会津型を商用化することができる。今春、会津型をプリントしたストールを発売した星幸衣服店(同市)の星毅専務(43)は「今の時代に通用するかわいいものがある。もっと地元の伝統文化に興味を持ってほしい」と語る。

 市内では会津型の普及、保存に取り組む会津型研究会が会員を対象に会津型を使った藍染め体験を実施したり、小中学生に会津型の講座を開いたりしているほか、観光客に会津型の型彫り体験を行って伝統文化に触れてもらったりしている。

 観光都市として知られる喜多方市だが、新型コロナウイルスの影響で、20年の観光客入り込み数は95万9619人に落ち込み、06年の市町村合併後で過去最低となった。市はコロナ禍の観光の形として、市内各地を巡りながら観光を楽しむ「周遊型」に力を入れており、今秋には会津型の周遊型観光イベントを実施する予定だ。

 長い歴史があり、伝統文化として残る会津型。同研究会の冠木昭子会長(78)は「市民の関心がなければ伝統を残すことはできない。文化を後世につなげられるように、一人でも多くのファンを増やしていきたい」と話す。

 会津型 江戸後期に伊勢白子(三重県鈴鹿市)から派遣された職人によって始まり、喜多方市の小野寺家(現小野寺漆器店)が製作、販売していた。だが合成染料と洋服の普及で、小野寺家は1935(昭和10)年に染型紙の製作を終了。一度途絶えたものの、70年代に染型紙の研究者が会津型についての発表をしたり、小野寺家から大量の染型紙や道具などが発見されたりしたことで、再び注目を集めることになった。2003年には「会津の染型紙と関係資料」として県の有形民俗文化財の指定を受けた。