元県議・古川洋一郎氏死去 83歳、自民県連幹事長を歴任

 
古川 洋一郎氏

 元県議の古川洋一郎(ふるかわ・よういちろう)氏は11日午前9時24分、慢性呼吸不全のため喜多方市の病院で死去した。83歳。自宅は会津若松市材木町。通夜は14日午後5時、告別式は15日午前11時から会津若松市扇町の神保セレモニーホール扇町天恵苑で。喪主は長女いづみさんの夫寛(ひろし)氏。

 会津若松市出身。早大法学部卒。1975(昭和50)年に県議に初当選し、6期務めた。自民県連の政調会長、幹事長を歴任、その後、新進党県連に合流した。県幼児教育振興財団の理事長も務めた。

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 地元会津のため尽力

 親分肌で面倒見が良く、周囲はいつも人であふれていた。県議を6期、自民党県連では幹事長を務め、1994(平成6)年12月に発足した新進党県連にも参加した。常に世界情勢を視野に入れながら、地元会津のために情熱を燃やした。

 75年に県議に初当選した後は会津発展の要となる農業振興や交通基盤の整備に奔走。会津の悲願だった4年制大学の誘致にも携わり、会津大開学にこぎ着けた。現在の県議会第2会派「県民連合」の礎も築いた。

 「選挙はアナログ」と効率を考えずに一軒一軒を回り、支援者からの信頼を積み重ねた。小熊慎司衆院議員は「政策や選挙、人との付き合い方など政治家としての基礎を教えてもらった。抜群の政治センスには頭が上がらない」としのぶ。

 約50年の親交がある瓜生信一郎県議は、初の県議選出馬の際に「必ず当選するから心配するな」と温かく背中を押してもらったことが忘れられないという。「義理と人情に厚く、立案した政策を実現するまで追い求める偉大な先輩だった」と悼んだ。(多勢ひかる)