原発訴訟「区切りに」 最高裁統一判断、「早く解決を」祈る原告

 
「最高裁の判決は一つの大きな区切りになる」と話す山内さん

 東京電力福島第1原発事故で避難した住民らが国と東電に損害賠償を求めた福島(生業(なりわい))など4件の集団訴訟の上告審判決が17日、最高裁第2小法廷(菅野博之裁判長)で言い渡される。原告数が3000人を超す同種集団訴訟で最大規模を誇る福島訴訟の原告たちは「国にも責任をしっかり取ってほしい」と切実な声を上げ、最高裁が国の責任を巡って初めて示す統一判断の行方を見守る。

 「長かったが、判決は大きな一つの区切りになる」。楢葉町で「そば処(どころ)やぶそば」を営む原告の一人、山内悟さん(67)はようやく最高裁の判断が示されることを冷静に受け止める。

 原発事故後、古里の楢葉町は町内ほぼ全域が避難区域となり、兄を頼って家族で都内に避難した。先行きが見えない将来に不安を抱えながらの日々。娘は、避難先の学校でいじめにも遭った。つらいことは多かったが、手助けしてくれる人たちの存在が避難生活を支えてくれた。長引く避難生活の中、東電や国などをただす訴訟を知り「大切な自分の古里を元通りにしてほしい」。それだけの思いで2013(平成25)年、集団提訴に加わった。

 一審福島地裁の審理にも都内から毎回欠かさず通い続けた。しかし、法廷でも責任の所在は一向に明確にはならず、怒りが募った。「誰も責任を取らないことが悔しかった」。当時から変わらない思いを吐露する。

 18年に楢葉町に戻り、現在の店を構え、今では連日多くの客が訪れる人気店となった。提訴から9年が過ぎた。高齢などを理由に最高裁判決を待たずに亡くなった原告も少なくない。「元の日々は戻らないが、誰もが一刻も早い解決を祈っている」と言葉に力を込める。

 帰れぬ無念訴え 浪江から避難男性

 「国に責任がないということは認められない」。浪江町から福島市に避難する佐藤貞利さん(74)は、最高裁判決を前にそう胸の内を明かす。

 同町で育ち、牛150頭を育てていた。原発事故で避難を余儀なくされた時、牛舎の牛は置き去りせざるを得なかった。痩せ細り横たわった牛、牛舎から抜け出して懸命に生き延びようとした数頭の牛。避難中、動物愛護団体が記録していた写真を手に「なぜ事故を起こした」と言葉を絞り出す。

 一審で裁判官が現場に出向いて被害状況を確認した際、居住制限区域となっていた自宅を訪れた裁判官に、古里に戻れない無念さを伝えた。最高裁判決で国の責任は認められるのか。「原発を造ったのは誰なのか。東電と国だ」。佐藤さんは語気を強めた。