「福島の復興なくして日本の再生なし」安倍元首相、制度や財源確立

 

 参院選の応援演説中に銃撃に倒れた安倍晋三元首相。5日には同じく参院選の党公認候補の応援のために本県を訪れ、郡山、田村、小野の各市町で演説していた。小野町では、支持者に笑顔で手を振り「福島県の農林水産物はレベルが高い。海外への輸出が鍵を握る」と県産品の輸出支援をアピールしてみせた。

 2012(平成24)年12月の2度目の首相就任以降、国政選挙のたびに本県を第一声の地に選んでいた。「福島の復興なくして日本の再生なし」「全閣僚が復興相」。本県での視察を重ね、東日本大震災と東京電力福島第1原発事故からの本県復興に強い意欲を示してきた。

 インフラ整備や除染の推進、復興財源の確保や福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想の推進―。安倍氏の訃報を受け8日夜、県庁で緊急記者会見した内堀雅雄知事は哀悼の意を表するとともに、復興を加速させた功績を挙げた。現在の第2期復興・創生期間に向けた組織、制度、財源を確立したのも安倍氏。「ハード、ソフト両面で本県の復旧、復興を力強く支えてくれた」と感謝した。

 内堀知事が公務で安倍氏と面会したのは計33回に及ぶ。「幾度も福島の思いに真剣に耳を傾けていただいた。足を運ぶことが多かった浜通りの被災地の住民にも、思いが届いたと思う」。15年に英国のウィリアム王子が来県した際の歓迎夕食会では、安倍氏が福島の日本酒のおいしさを王子に伝えてくれたという。

 復興に懸けた安倍氏の遺志は、現職の岸田文雄首相にも受け継がれている。「『福島の復興なくして日本の再生なし』と言い続けた気持ちをしっかり持ち、努力を続けていく」。昨年の衆院選に続き、10日に投票を控えた参院選でも福島市で第一声を放った岸田首相は、県民を前にこう語った。

 安倍氏の首相として最後の来県は20年3月7日。新型コロナウイルス感染拡大の影響で震災の政府追悼式が中止となったことを受け、浪江町の大平山霊園を訪れ津波犠牲者の慰霊碑に献花した。「3月11日は忘れてはならない日。それは何年たっても変わらない」。風化を懸念する県民の思いを代弁するかのようだった。