被災地との絆変わらず プロ転向羽生に「何度も生きる力もらった」

 
羽生との交流を振り返り、サイン色紙を眺める遠藤さん=19日午後、いわき市

 フィギュアスケート男子で2014年ソチ、18年平昌(ピョンチャン)両冬季五輪王者の羽生結弦(27)=ANA=が19日、東京都内で記者会見し「プロのアスリートとしてスケートを続けることを決意した。競技会に出るつもりはない」と話し、五輪、世界選手権など競技会からの引退を表明した。「競技会に関して、取るべきものは取れた」と理由を語り、今後はアイスショーに軸足を移す。2月の北京五輪で3連覇を逃して4位に終わった後、最終的な決断に至った。

 「被災地に勇気と元気を与えてくれた。ありがとう」。羽生が第一線を退く意向を表明したことを受け、本県をはじめ、羽生が何度も足を運んだ東日本大震災の被災地からは、活躍をたたえる声が相次いだ。

 「これからも羽生君の生きていく道を応援する」。いわき市で弁当配送業を営む遠藤義之さん(50)は、新たな道を歩む羽生にエールを送った。

 羽生は、テレビ番組の企画などで浜通りを訪れ、震災と東京電力福島第1原発事故による被災状況を目の当たりし、懸命に生きる被災者との絆を結んできた。

 富岡町出身の遠藤さんは2015(平成27)年6月、震災の語り部として被災地を案内した。それから交流が始まり、羽生が出演するアイスショーにも招待を受けた。「同じ東北出身で、震災後の激動の11年間を共に生きてきた者として何度も生きる力をもらった」と感謝の言葉を繰り返した。

 羽生の人柄について、遠藤さんは「ほかの人のために自分を犠牲にして頑張れる人」と語る。プロに転向する羽生に「4回転半ジャンプへの挑戦などこれからが楽しみ。自分自身やスケート界のために羽ばたいてほしい」と期待を込めた。

 原発事故で一時、全町避難した楢葉町の住民は、避難先のいわき市や古里で羽生と心温まるひとときを分かち合った。羽生と2度交流した町内の和布細工工房「ほのぼの」代表の高原カネ子さん(73)は「人として素晴らしく、孫のように応援していた。本当にお疲れさまでしたと伝えたい」とねぎらった。

 高原さんには忘れられない場面がある。「東北が大変な状況にある中、自分はスケートをしていていいのか」。15年、いわき市の仮設住宅を訪れた羽生は涙を流し、工房のメンバーに胸の内を打ち明けたという。

 羽生は18年に楢葉町を訪れ、工房のメンバーと再会したほか、サプライズで楢葉中も訪問した。羽生は子どもたちにソチ、平昌(ピョンチャン)両冬季五輪で獲得した金メダルを披露し、一緒に楽しい時間を過ごした。楢葉中の佐藤俊克教諭(39)は「力強い言葉で子どもたちを勇気づけてくれた」と感謝した。