国見の松田家住宅を登録へ 文化審答申、大型の養蚕民家

 
(写真上)松田家住宅の主屋の正面外観(写真中央)松田家住宅の土蔵(写真下)表門と板塀

 国の文化審議会は22日、国見町の松田家住宅の「主屋」「土蔵」「表門及び板塀」の3件を登録有形文化財(建造物)に登録するよう末松信介文部科学相に答申した。登録されれば、県内の登録有形文化財(建造物)は計266件となる。

 松田家住宅は、奥州街道の旧貝田宿(かいだじゅく)に位置する大型の養蚕民家。主屋は木造平屋一部2階建てで、同町光明寺地区に江戸末期から明治前期ごろに建てられたとされる。旧貝田宿にあった住宅が火災で焼失したため、1910(明治43)年に現在の場所に移築した。

 屋根は街道側が入り母屋造り、反対側が切り妻造りで、養蚕のため棟に煙出しを設けている。軒裏までしっくいを塗り、雨戸や戸袋を鉄板張りにして防火対策を施している。伝統芸能の発表会を開くなど活用に取り組んでおり、土蔵、表門・板塀と合わせて歴史的な景観づくりに寄与している。

 答申を受け、持ち主の松田昭子さんは「生まれ育った家で愛着があり、文化財として残せないかと町に相談していた。日本家屋ならではの趣ある雰囲気を生かし、いろいろな人からアイデアをもらって活用を模索していきたい」と話した。

 国見町の引地真町長は「親から子、子から孫へと大事に引き継がれた松田家の歴史は、貝田と国見町の人々の歴史でもある。また一つ私たちの自慢が増えてとてもうれしい」、菊地弘美教育長は「明治時代に鉄道が開通すると、蒸気機関車が出す火の粉で幾度となく大火に遭い、江戸期の建物は焼失した。松田家住宅は産業の変遷を伝える国見の『たからもの』だ」とそれぞれコメントした。