湖底に「桧原宿」遺構 磐梯山噴火で水没、石垣や墓石...調査で発見

 
(写真上)湖底で見つかった石造物(海洋研究開発機構提供)

 磐梯山の噴火(1888年)の影響でできた桧原湖に沈んだ桧原宿(北塩原村)の石垣や墓石の一部とみられる石造物が、海洋研究開発機構などの研究グループによる潜水調査で見つかった。研究グループによると、調査は国の認定を受けた学術調査で、明確な自然災害が原因で生まれた水中遺跡での遺物の発見は全国的に珍しいという。

 研究グループ代表で同機構主任研究員の谷川亘さん(44)は「集落が沈むまでに(噴火から)数カ月から数年はかかった」とし「遺物が見つかったことで、当時の避難状況や災害への考え方などについて研究が進む」と話している。

 研究グループは昨年7月に潜水調査や水中ドローンによる事前調査を実施。桧原湖北部の湖底で長方形の穴がある墓石の一部とみられる石造物や、石垣と推測される遺構などを発見した。

 北塩原村史などによると、桧原宿があったのは桧原湖北部にあった旧桧原本村。会津・米沢街道の宿場町の一つで、約300人が生活していたとされ、江戸時代には金や銀が採取できる鉱山産業で栄えたとされる。

 研究グループは2026年まで、毎年1回程度の調査を行う予定で、村教委と遺物の引き揚げや保存などについて協議していく考え。今年は今月28日まで潜水調査に加え、桧原湖周辺での調査も行う。

 桧原宿跡の調査を巡っては、法政大の学生が2002年に湖底の潜水調査で石造物を発見したり、村が渇水期に行った陸上調査で墓石や埋没林などを確認したりしている。