【相馬野馬追・記者体験記】雄姿の裏に奮闘の日々 伝統つなぐ

 
野馬追2日目の行列で、喝采の野馬追通りを行軍する記者(中央)

 1000年以上の歴史と伝統を誇る国指定重要無形民俗文化財「相馬野馬追」。ことしは23日から3日間、南相馬市などで3年ぶりに通常規模で開催された。これまで野馬追を取材してきた記者(31)が初めて騎馬武者として加わり、出陣を果たした。初陣までは苦労の連続で、先輩武者に多くの負担をかけたが、伝統をつなぐ駒となり、東日本大震災からの復興へと歩む被災地の再生を願い、馬にまたがった。

 修行の覚悟

 「相馬野馬追に参加したいんです。乗馬技術は未熟で、武具馬具もありません」。5月初旬、五郷騎馬会の一つ、中ノ郷騎馬会長の中島三喜さん(74)のもとを訪ねた。中島さんが電話で誰かに「今から来られるか」と話すと、中ノ郷に所属する原町騎馬会長の大橋弘志さん(57)が駆け付けた。

 中島さんは「大橋君にお世話になりなさい。武具馬具は用意する。乗馬の鍛錬を積みなさい」と言い、大橋さんは「付いて来られるか」と鋭い眼光で問いかけた。少し迷いもあった。6~7月は仕事の繁忙期だからだ。「やるかやらないか、それだけだ」。武士らしい2人の明快な言葉に覚悟を決めた。「よろしくお願いします」。武者修行の日々が始まった。

 大橋さんが厩舎(きゅうしゃ)長を務める南相馬市原町区の我妻厩舎に入門した。厩舎に集うのは我妻敏文さん(48)、我妻隆さん(47)、吉田達也さん(42)、佐藤博人さん(24)、吉田琳さん(19)ら、野馬追の競馬界をリードする原町騎馬会の精鋭チーム。

 各人が馬を飼い、毎日朝夕に餌やりなどの世話をしている。乗馬の鍛錬は、夜も明けきらない通勤前に行われる。入門のあいさつをすると、「厩舎のボロ(馬糞(ばふん))掃除を手伝ってもらいながら乗馬の特訓だ。朝5時集合で」と決まった。

 自ら律する

 「おい、もう6時だけど、どこにいるんだ!」。早朝、厩舎の先輩から電話がかかってきた。「申し訳ありません。間もなく着きます!」。乗馬の朝練が始まった序盤、寝坊が続いた。浪江町の自宅から車を走らせ、厩舎に到着すると、先輩たちの表情が険しい。深夜まで仕事をしていたことは言い訳にならない。

 「失礼しました」と頭を下げると、「もうボロはないし、また明日だな」と苦笑い。以前、とある騎馬武者に野馬追出場の意義を聞いたとき、「自分を律する場になるから」との答えが返ってきたことを思い出した。騎馬武者は日々、馬と接しながら自らとも向き合っている。生半可な気持ちで野馬追には出られない。「本番で観衆の笑い者であっては、誇り高き相馬武士の名を汚してしまう」。以後、自らの不摂生を改め、仕事を夜に持ち込まず、早めの就寝を心がけた。

 厩舎の馬で、乗馬の朝練に交ぜてもらう日々が続いた。速歩(はやあし)など乗馬の基本技術から馬の世話の仕方まで、先輩たちが時間を割いて教えてくれた。本番の相棒となる馬は飯舘村の牧場から借り、本番直前にやって来ることになった。「やんちゃな馬が来るかもしれない。どんな馬が来ても乗りこなせないとね」と、先輩の指導にも熱が入った。本番では、馬の口に付けた綱を持って歩く「馬丁(ばてい)さん」は付かない。「かっこ悪いところは見せられない」。マメのできた手で、手綱を強く握りしめた。

 相棒と対面

 野馬追開幕の前々日となった21日、馬を載せたトラックが厩舎にやって来た。相棒との初対面に心臓の鼓動が収まらなかった。「どうか、おとなしい馬であってくれ」。荷台には3頭の馬がいて、牧場の人から「好きな馬を選んで」と言われた。1頭ずつ触れ、優しそうな視線を送ってくれた馬を「相棒」に選んだ。

 その馬はかつて中央競馬に出走したサラブレッドで、8歳の雄馬。野馬追への出場は初めてだ。初乗りをすると、軽快に走ってくれた。先輩が見守る中、公道で行った乗馬の「最終試験」で何とか合格点をもらった。「本番はたくさんの観客がいる。人馬ともに初陣で緊張するけど、しっかり行こうな」。馬をなでながらそう話しかけた。

 武具や馬具は大橋さんから借りた。江戸時代後期の本物の甲冑(かっちゅう)などを貸してくれた。本番の日、厩舎の先輩方やその家族、友人に陣羽織や甲冑の着付け、馬具の取り付けを手伝ってもらい、馬にまたがった。大勢の支援があって1騎の騎馬武者が誕生するのだ。「いざ行列の開始地、相馬太田神社へ出発!」。我妻厩舎から7騎の騎馬武者が、喝采の表舞台へと進軍した。

 世話人制度

 南相馬市は、初陣騎馬が野馬追に出場しやすいようベテラン騎馬がサポートする「初陣世話人制度」を設けている。市内に本陣を構える北郷、中ノ郷、小高郷の3騎馬会に入会する初陣騎馬を対象に、「世話人」と呼ばれるベテランが馬の手配や各種手続きを支援する。野馬追とつながりがない人でも参加しやすい環境づくりを進めている。制度の条件は「複数の馬で50回の乗馬経験」など、相当な乗馬技術と騎馬会行事への参加などが必要となる。

 金銭的補助

 記者は30回ほどの乗馬経験しかなく世話人制度の対象からは外れたが、初陣騎馬全員が対象の金銭補助は受けることができた。初陣騎馬には市から全騎馬対象の出場奨励金約10万円に加え、初陣奨励金20万円が支給される。

 出場にかかった経費は騎馬会入会費など1万4000円、馬レンタル代18万円、武具馬具と甲冑レンタル代10万円のほか、当日に騎馬の身の回りの手伝いをする友人らの人件費、馬の餌代、ご祝儀代、クリーニング代など総額は概算で約50万円。このうち約30万円は2種の奨励金でまかない、実際の負担は約20万円だった。

 伝承を誓う

 威風堂々、勇猛果敢、豪華絢爛(けんらん)―。野馬追には、このような言葉が用いられる。雲雀(ひばり)ケ原の夏草を勇壮に駆ける騎馬武者たちにふさわしい表現だ。一方で、本番3日間の一瞬の輝きに懸けた裏舞台には、たゆまぬ日々の積み重ねがあった。東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の影響で出場騎馬の減少が続く野馬追が華やいでいくことを願い、騎馬の雄姿を今後も伝えていくことを誓った。(浪江支局・渡辺晃平)