【復興拠点解除・双葉】帰る...揺るがぬ決意 「普通の生活を」

 
いわきの復興公営住宅で心を込めて育てた野菜畑に立ち「いつかは双葉でも野菜を作りたい」と語る松浦さん

 10月から「駅西住宅」で新生活 松浦トミ子さん 86歳

 双葉町民が暮らすいわき市の復興公営住宅「酒井団地」の一角に、ナスやオクラなどの夏野菜が実る畑がある。手入れをしているのは、双葉町鴻草から避難している松浦トミ子(86)だ。「入れる家ができると聞いたから、双葉に帰るんだよ」。双葉の特定復興再生拠点区域(復興拠点)は30日に解除される。松浦は、拠点内に整備され、10月に入居開始となる「駅西住宅」で新生活を始める。

 即決、周囲は心配

 浪江町出身の松浦は20歳の時、結婚を機に双葉町に住み始めた。農家として朝晩働く傍ら、近くの花屋で苗を育てる仕事にも汗を流した。これからも続くと思っていた暮らしは、2011年3月の東京電力福島第1原発事故で一変した。親族の家などを転々とした後、千葉県柏市で7年を過ごした。現在のいわき市の公営住宅に移り住んだのは4年ほど前で、将来は双葉に帰るためだった。

 かつてのわが家は復興拠点の外にあり、解体はしていないが内部はイノシシなどの獣に荒らされていた。避難指示が解除され、帰ることができるようになると聞いて、新しく整備される駅西住宅への帰還を即決した。しかし、まだ社会基盤が整っていない双葉町に、高齢の松浦が一人で帰還することを周囲は心配した。

 友人に「心臓悪いって言ってたじゃない。今行ったら死んじゃうよ」と言われた時は「その時は、その時。寿命だよ」と答えた。子どもたちには「俺はおまえたちが結婚相手を連れてきた時、反対なんかしなかった。そんなに残り時間があるとは思っていない。やりたいようにやるから」と言って納得してもらった。

 「家があって、食べ物があれば普通に生活できる。周りが知らない人といっても、話して知り合いになればいい。高望みなんてないよ」と、決意は揺るがない。むしろ、帰還について聞かれることが多くなり「住んでいたところに帰りたいと思うのは、普通でないのかな。私が変わってるのかな」と首をかしげる。

 「野菜作りたい」

 双葉に帰ってから、やりたいことは何か。「土地があればね、野菜作りをしたいと思う」。避難先の柏でも、現在のいわきでも、土いじりは欠かさなかった。畑を通りかかる人に作物を「大きくできたね」と褒められれば「うれしいね。持っていきな」と手渡すのが楽しみだった。「野菜を作れるような場所はあると聞いているんだけど、まずは花からだな」と語る。

 震災と原発事故から11年余りが経過し、双葉町は全町避難がようやく解消されることになった。松浦は「双葉で住む家に、孫やひ孫たちに来てほしい」と語る。ささやかな願いが、古里でかなうこと。復興という言葉が、双葉の地に届こうとしている。(文中敬称略)

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 駅西住宅 双葉町がJR双葉駅西口に整備する住宅団地。最初に入居が始まるのは北エリア〈1〉の区画で今年10月から。25戸のタウンハウス(集合住宅)に対し、20戸の申し込みがあった。来年4月には北エリア〈2〉に戸建て9戸、来年10月以降に北エリア〈3〉と南エリアに戸建て21戸とタウンハウス31戸が整備される。震災時に町内に居住していた双葉町民が入居する建物は「災害公営住宅」、就業などで移住してきた人らが入居する建物は「再生賃貸住宅」と呼ばれる。