介護や部活、改善探る 須賀川一中柔道部事故、侑子さん死去4年

 
侑子さんの部屋には、今でも全国から寄せられた約4万羽の折り鶴が飾られている。政恭さん(左)と晴美さんは「介護環境の改善やスポーツ事故防止に経験を生かしたい」と思いを語る=須賀川市

 福島県須賀川市の須賀川一中で2003(平成15)年、柔道部の練習中に起きた事故で、後遺症のため市内の自宅で療養していた車谷(くるまたに)侑子さん=事故当時1年、享年(27)=が亡くなってから12日で4年となった。父政恭さん(66)と母晴美さん(59)は節目の時期に合わせ、侑子さんと過ごした日々の経験をより良い社会のために生かしたいとの決意を新たにしている。

 侑子さんは事故の影響で、自立歩行や明確な意思の疎通ができない「遷延(せんえん)性意識障害」の後遺症を負った。政恭さんと晴美さんは15年間にわたり在宅で介護を続けてきた。

 侑子さんが亡くなり、これまでの15年間を見つめ直した車谷さん夫妻。侑子さんの体調管理や事業所との連絡調整を行ってきた晴美さんは「介護と医療両面の知識を持ち、事業所や医療機関の橋渡しをしてくれる人がいれば、介護する人の大きな助けになる」と介護を支える仕組みづくりに関心を持つようになった。

 一方、政恭さんは、娘の事故後も後を絶たない部活動での事故に問題意識を抱いている。「同じような事故を起こしてはならない。柔道をはじめ、正しく安全な指導法を学んでもらう必要がある」と強調する。

 2人は、医療と介護に精通する専門人材の必要性や、部活動の安全な指導法について伝えるための講演会の開催などを模索している。新型コロナウイルスの影響で思うように活動できない難しさがあるが、晴美さんは「この状況下でもできることはある。時間はかかるが、少しずつ前進したい」と決意を口にした。

          ◇

 須賀川一中柔道部事故 2003(平成15)年10月に発生した。事故を巡る民事訴訟の事実認定などによると、車谷侑子さんは、当時部長の男子生徒に一方的に投げられて頭を強く打ち、硬膜下血腫のため意識不明となった。侑子さんと両親は06年8月、学校側が安全配慮義務を怠ったなどとして損害賠償を求め、市などを提訴。地裁郡山支部が09年3月、市などの過失を認め、約1億6千万円の支払いを命じる判決を言い渡して確定した。