元いわき市長 櫛田一男氏死去 85歳、財政立て直しに尽力

 
いわき市長として地域の発展に力を尽くした櫛田さん=2006年

 元いわき市長の櫛田一男(くしだ・かずお)氏は7日午後6時9分、誤えん性肺炎のためいわき市の病院で死去した。85歳。自宅はいわき市沼部町宿。通夜祭は17日午後6時、葬場祭は18日午後1時からいわき市勿来町のセレモニーホールしんえいで。祀主は次男雅信(まさのぶ)氏。

 いわき市出身、磐城高卒。県職員を経て県議を5期務め、県議会副議長などを歴任した。2005(平成17)年にいわき市長選に立候補。現職を破って初当選を果たし、1期4年間務めた。在任中は市の財政立て直しや市立常磐病院の民間譲渡、小名浜港の整備促進などに尽力した。

 旭日小綬章を受章。

悼む】 「真実一路」 課題解決へ芯を通す

 明るくユーモアにあふれながら、政治に妥協のない芯の通った人柄で親しまれた。「真実一路」。その信条を胸にいわき市の財政立て直しや医療拡充、小名浜港整備など山積みの課題を先送りすることなく向き合った。

 市長在任時に取り組んだ市立常磐病院の民間委譲は、賛否両論抱える難しい問題だった。だが、医療改革と財政健全化のためには必要だと自ら泥をかぶった。「リーダーシップがなければできない」。30年以上の親交がある元法相の岩城光英さんは、同じ市長を経験した立場から決断力と統率力をたたえ、故人を悼んだ。

 県議時代はコメ自由化を問題視して、抗議と要請のため同僚議員数人と米国本土へ乗り込んだ。その際に同行したのが、県議当選同期で後に参院議員などを務めた荒井広幸さん。コメ自由化問題の要請の帰りにはハワイに立ち寄り、いわきの振興につなげようと入り江など沿岸部の開発現場を視察したという。「親分肌で常に前向きで、行動力のある人だった」。荒井さんはそう振り返った。(菅野篤司、大内義貴)