【只見線再開通】会津蒲生駅/希望の眺め切り開く 手作りの絶景

 
JR只見線の鉄橋近くのスギの木を切り、乗客を迎える準備を整えた五十嵐さん。「乗客に美しい眺めを楽しんでほしい」と願う

 理髪店経営 五十嵐アキ子さん

 只見町蒲生地区にあるJR只見線の会津蒲生駅近くに、只見線が走る鉄橋と、「会津のマッターホルン」と呼ばれる蒲生岳を一望できる場所がある。鉄橋の下を流れる蒲生川沿いに視線を落とすと、真新しい切り株が目に入った。「只見線は地域を照らす希望の光。乗客に美しい眺めを楽しんでほしい」。現地に生えていたスギの木を切った五十嵐アキ子さん(76)が思いを口にした。

 地元で理髪店を営む五十嵐さん。自身が所有する木を切るきっかけになったのは、ドキュメンタリー映画「霧幻(むげん)鉄道―只見線を300日撮る男」だった。金山町の奥会津郷土写真家星賢孝さん(73)をはじめ、全線再開通に向けて尽力した地域住民らの姿を追った作品を見て「沿線をきれいにして乗客を迎えたい」と思い立った。周囲に立つ数本の木には3人の所有者がいたが、全員が五十嵐さんに続いて木を切った。

 今月上旬の試乗会の日は鉄橋を走る列車と蒲生岳を写真に収めようと、数十人の鉄道ファンが集まり、切り株の近くでカメラを構えた。「地域を盛り上げる役に立てて良かった」。五十嵐さんはほほ笑んだ。

 五十嵐さんは朝日村(現只見町)出身で、結婚後に蒲生地区へ移り住んだ。郷里には列車が走っていなかったため「少し都会に来たような気がして」只見線を誇らしく思ったという。

 それから20年以上、五十嵐さんの生活は只見線と共にあった。午前7時20分ごろ、「カン、カン」という踏切の音が聞こえると朝の農作業を切り上げた。夕方、鉄橋を渡る只見線の列車が見えたら子どもたちとの川遊びを終え、自宅に戻った。

 新潟・福島豪雨後、蒲生地区が不通区間になり「毎日聞こえるのが当たり前だと思っていた音が聞こえなくなり、寂しかった」。被災前の乗客の少なさから廃線が頭をよぎったこともあったが、再開通が決まると「目の前がぱっと明るくなった感じがした」と希望が湧いた。試運転の列車を初めて見た時は、うれしさのあまり列車が見えなくなるまで両手を振り続けた。

 五十嵐さんは只見線の再開通を「一人でも多くの人が只見町を訪れ、地域全体が明るくなるきっかけにしたい」と考えている。駅近くに歓迎ののぼり旗を立てたり、無人駅の待合室を掃除したりして、乗客を迎えるつもりだ。「人口が4000人を切り、沈んだ雰囲気になった町を、只見線が明るくしてくれる」。今はこう信じている。

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 会津蒲生駅 只見町蒲生地区にある無人駅。1963(昭和38)年8月、電源開発から譲渡を受けた路線の延伸開業に伴い新設された。駅北側へ向かって徒歩5分で蒲生岳(828メートル)の登山口に着く。駅の周りには蒲生川が流れており、只見川に注いでいる。