会津若松市、福岡・みやこ町と交流都市に 郡長正が縁、次世代へ

 

 会津若松市は22日、会津藩家老の子で明治時代に留学先の福岡県で自刃した郡長正(こおりながまさ)の墓がある、同県みやこ町と交流都市宣言を結んだ。

 郡長正は戊辰戦争後、福岡県の豊津小笠原藩藩校育徳館で学んだ。しかし1871(明治4)年、家族が自分を戒める内容の手紙を他人に見られたと思ったことから、会津の誇りを守るため16歳の若さで自刃したとされる。郡は、同町豊津の墓地に埋葬された。今年5月、室井照平市長が同町を訪れた際に、内田直志町長から交流都市の提案を受けた。

 同市で行われた締結式では、室井市長と内田町長が宣言書を取り交わした。室井市長は「歴史的つながりを再認識し、次世代へ伝えることが重要。今後の交流促進を期待する」と語った。両市町は今後、住民の相互交流事業などに取り組む。