がん研究者・吉田富三、新たな側面 文学に通じ、国語表記道筋

 
詩が書き留められた吉田の手帳

 来年は福島県浅川町出身の世界的ながん研究者吉田富三(1903~73年)の没後50年、生誕120年に当たる。吉田は世界のがん研究の先駆者として知られる一方、文学にも通じ、手帳には多くの詩を残していた。節目の年を前に、町では日本語を愛した吉田の「新たな一面」に光を照らす取り組みが行われている。

 吉田は43年に実験中のラットから生きたがん細胞を発見した。このがん細胞は世界中のがん研究で使われ、後に「吉田肉腫」と命名された。2020年には国立科学博物館の「重要科学技術史資料」にも選ばれた。

 一方で手帳には、地方や伝統への思い、権威主義や格差への憂いなどをつづった詩や随想を多く残し、文学人としての一面も持ち合わせた。日本の国語政策の指針を示す国語審議会の委員も務め、第2次世界大戦後、国語の表記について漢字の廃止やローマ字化が検討されていた中で、吉田は漢字仮名交じりを原則とすることを強く主張し、現在の国語表記の道筋をつけた。

 町吉田富三顕彰会は昨年、国語表記への功績をたたえるとともに、吉田の人間性や考え方に触れてもらおうと、詩や随想をまとめた書籍「蜘蛛(くも)の子よ―詩と随想集」を発刊。町教委は小中学生向けに書籍から詩を抜粋して編集した冊子を発行し、今月、町内の小中学校に配布した。

 冊子を読んだ浅川小の佐川輝君(6年)は「吉田博士が詩を書いていたことは知らなかった。詩は僕たちの背中を押してくれるような内容だった」と話し、川音悠悟君(同)は「がん研究だけでなく、詩も得意だったんだと思った」と感心した様子だった。

 没後50年の節目となる来年の2月には、町内の吉田富三記念館で吉田の詩に関する企画展も予定されている。真田秀男町教育長は「日本語を愛した吉田博士の新たな一面、魅力を多くの人に知ってもらいたい」と話している。