いわき、秋田、山形、仙台...J2東北「群雄割拠」 新春座談会<上>

 
(写真上)チームのマフラータオルを手に意気込む(右から)佐々木社長、相田社長、大倉社長。左は中川俊哉福島民友新聞社社長(写真下)岩瀬社長は紙面上で参加した

 福島民友新聞社は、東北で活動するサッカーJ2の4クラブ社長による新春座談会を企画した。ワールドカップ(W杯)での日本代表の活躍でサッカー熱が一段と高まる中、いわきFCが今季、県勢として初めてJ2に挑む。2月18日の開幕と、ライバル関係にある4クラブによる「東北ダービー」「東北シリーズ」の実現を前に、4氏が意気込みを披露するとともに4クラブが連携した地域活性化や交流促進へのアイデアを語った。

 出席者は、いわきFCを運営するいわきスポーツクラブ(いわき市)の大倉智社長とベガルタ仙台の佐々木知広社長、モンテディオ山形の相田健太郎社長。ブラウブリッツ秋田の岩瀬浩介社長は紙面上で参加した。

 舌戦の口火を切ったのは仙台と山形。両クラブの対戦は「みちのくダービー」とも呼ばれ、サポーターを巻き込み、大きな盛り上がりを見せる。昨季を振り返り、佐々木氏は「仙台と山形には強い対抗意識があり、2試合とも激戦だった。サポーターがヒートアップしないように気を使った」と述べた。対する相田氏は事前にサポーターから「仙台だけには負け越さないように」とくぎを刺されていたことを明かし「結果は負け越したが、満足度が非常に高い試合だった。勝負も大事だが、対戦を通して人が行き交う経済効果が重要だと思う」と述べた。

 山形と秋田がホームゲームでのユニホーム着用権を争い、鉄道の奥羽本線から着想を得た「奥羽本戦」は今季も注目のカードだ。2021年の対戦で秋田が敗れたため、昨季は山形がアウェー戦でホーム用のユニホームを着用した。岩瀬氏は「ホーム戦なのにアウェーのユニホームを着るのは屈辱的だった。今季は負けない」と語気を強めた。

 3クラブの熱い戦いに大倉氏は「これまでは浜通りを意識して活動してきたが、今季からは福島県(を代表して戦うこと)を意識したい」とした上で「東北4クラブによる『東北シリーズ』の枠組みで企画を進めるのはどうか。福島県の良さや被災地の復興を伝えたい」と思案を巡らせた。

 昨季は山形、秋田に、いわてグルージャ盛岡(今季はJ3)を加えた「奥州合戦」としてグッズなどで連携したことを踏まえ、岩瀬氏は「隣県同士の企画は人を引きつけるし集客効果もある」と大倉氏の考えに賛同。佐々木氏は「昨季は(東北のクラブで)連携できずに消化不良だった。4県の物産展を各試合で実施するのはどうか」と提案した。

 東北のサッカーを、そして地域をどう盛り上げていくか。大倉社長は復興への思いにも触れ「スポーツの力で(地域に)元気を与え続けたい」と決意をにじませた。相田社長は「スタジアムに足を運び、感動と興奮を体感してほしい」と述べ、佐々木社長は「スタジアムに来て一緒に感動をつくりましょうと呼びかけたい」、岩瀬社長は「東北のクラブでサッカー熱を高める」と熱意をみなぎらせた。

 いわき「東北シリーズを熱く」 仙台「観客楽しめる目玉を」 山形「面白いゲーム、根幹に」 秋田「地域一体で夢づくり」

 福島民友新聞社が企画した新春座談会で、ベガルタ仙台の佐々木知広社長、モンテディオ山形の相田健太郎社長、ブラウブリッツ秋田の岩瀬浩介社長、いわきFCを運営するいわきスポーツクラブの大倉智社長が今季の意気込みやサッカーを通じた東北の活性化と交流などへの思いを語った。

座談会出席者
佐々木知広氏(ベガルタ仙台)
相田健太郎氏(モンテディオ山形)
岩瀬浩介氏(ブラウブリッツ秋田)
大倉智氏(いわきFC)
【司会】中川俊哉(福島民友新聞社社長・編集主幹)

 チーム特色

 中川 いわきFC(以降はいわき)が加わることでJ2に所属する東北のクラブは仙台、山形、秋田の四つになる。各チームを紹介してほしい。

 佐々木 ベガルタ仙台(以降は仙台)が、前身のブランメル仙台として設立したのは1994年。前年の93年に「宮城県にJリーグクラブを」との呼びかけで署名運動が行われ、県民33万人の思いが寄せられた。私はサポーター歴が25年と長く、2020年に社長に就任した。ブランメル仙台時代から応援しており、大倉社長が選手として活躍していた時も知っている。新型コロナウイルス禍で経営は厳しいが、向かい風に立ち向かうとの思いを込め、社長就任時に掲げた「スタンディング仙台」のもとで活動したい。

 相田 モンテディオ山形(以降は山形)は、山形県が主体となって設立したチームだ。前身はNEC山形サッカー部。J2リーグができたとき、仙台が参入することもあって「山形にもJ2クラブを」という流れだった。スローガンは「山形一丸」。「山形県の未来を切り開く」との社是の通り、しっかりとしたクラブ経営をしていく。

 岩瀬 ブラウブリッツ秋田(以降は秋田)の前身はTDKサッカー部。リーマン・ショックで廃部となったが、後援会がつくられ、10年にクラブ化してJリーグを目指すことになった。14年にJ3に参入し、21年にJ2に昇格した。昨季のスローガンは「超秋田一体」。スポーツを通して秋田のまちづくり、人づくり、夢づくりに取り組んでいる。

 大倉 いわきは東日本大震災がきっかけで設立した。スポーツで人づくり、まちづくりをするのが最大の目標で、サッカーはその手段だ。浜通りには東日本大震災時のままの場所が残されており、復興の一助となりたい。「90分間止まらない倒れない」「魂の息吹(いぶ)くフットボール」で県民に勇気を与える活動をしていく。

 昨シーズン

 中川 昨季を振り返ってほしい。昨季6位の山形はJ1参入へのプレーオフに進出したが、2回戦で引き分けとなり、進出の機会を逃した。

 相田 昨季はJ1から4チームがJ2に降格した。可能な限りの補強をした上で上位と戦えるチームづくりをした。少し前まで山形は(相手の動きに合わせて柔軟に対応する)「リアクションサッカー」だったが、監督が代わった20年から自ら仕掛ける「アクションサッカー」に転換していった。転換3年目だった昨季は良い挑戦ができた。ただ、けが人が多く、コロナ禍による想定外の日程で試合が入り、誤審による再試合も行われた。プレーオフに進むなど最善を尽くしたものの、狙いはJ1昇格なので昨季の成績に満足していない。

 中川 仙台は昨季7位で、1年でのJ1復帰はかなわなかった。

 佐々木 J1に12年間いたので、昨季は「1年での復帰」を掲げた。Jリーグの順位はチームの予算規模に応じて順当な順位になる傾向がある。仙台はJ120チーム中20位の低予算。苦労した。J2降格を機にクラブを立て直し、主導権を握って勝ち進むプレーができるようにしたかった。選手個々の能力が高く、前半はある程度の結果を残せたものの、失点が多く、シーズン途中から失点を防ごうとチーム全体で考えてしまい良さが失われてしまった。つらい判断だったが、シーズン途中で監督を代えた。

 中川 秋田はどのようなシーズンだったか。

 岩瀬 J2で2年目の昨季は、秋田のサッカースタイルが研究される中で、年間を通して成長するチームづくりをしたいとの思いがあった。だが、新型コロナのクラスター(感染者集団)が発生したり、けが人が13人出たりするなど、12試合勝ち星がない時期を経験した。苦労したシーズンだった。一方で終盤に4連勝してJ2残留を決め、成長できた。ただシーズンが終われば、優秀な選手が引き抜かれてしまい、(選手にとって)ステップアップするためのクラブになっている。クラブの抱える課題にぶつかった。

 中川 J2昇格を決めたいわきはどうか。

 大倉 JFL(日本フットボールリーグ)の上位とJ3で大きな力差はなく、ある程度は戦えると思っていた。チームにJリーグの経験者はほとんどおらず、かつ若い。開幕戦となったアウェーの鹿児島戦は期待と不安の両方があったものの、スムーズな試合で引き分けにできた。これで波に乗れた。J3で優勝したが、J2は1ランク、2ランクもレベルが上がる。今季はチャレンジャーとして臨む。臆することなく90分間止まらず、倒れず、愚直に戦っていく。つくり上げてきたサッカーが通用するのか楽しみだ。

 ライバル評

 中川 昨季の相手チームの戦いぶりを分析してほしい。まずは仙台から見た山形は。

 佐々木 山形には昨季、仙台で監督を務めた渡辺晋さん(14~19年)がコーチとして加入。ゼネラルマネジャー(GM)に就いた丹治祥庸さんは仙台の強化責任者を務めていた。仙台をよく知っており、非常にやりづらい相手だった。山形は基本が徹底している。そして「前に前に」というボールの運び方がうまい。試合を見ていて「嫌だな」と思う。若く有能な選手がたくさんいて育成もうまく、見習うところが多い。昨季の2試合は厳しい内容だったが、楽しさがあった。

 中川 次に山形から見た秋田はどうだったか。

 相田 やることが明確なクラブとの印象だ。フィジカルでガンガンこられるのが山形としては嫌で、先制点を取るまで落ち着かない試合運びになりがちだった。そして特徴的なのはアウェーでの試合。「ホームアドバンテージ」という言い方が正しいのかどうか分からないが、(秋田のホームスタジアムの)芝が長く、水をまかないので、ボールを走らせたいチームからすると非常にやりづらい。秋田は思いの強いサッカーをしてくる。

 中川 秋田のホームであるソユースタジアムの芝は他と違っているのか。

 岩瀬 芝が長いとよく言われるが、ピッチの構造上の問題で長いのは仕方がなかった。長かったのは21年だけで、22年は少し長い程度だった。芝の長さは改善したので安心して試合をしてほしい。仙台はJ1経験が長く、多くの部分で見習うところがある。(仙台のホームの)ユアテックスタジアム仙台で対戦した時、一体感を抱いた。流動性のあるサッカーをし、選手の技術が高く、J1級だと感じた。波に乗ったら止められない。仙台戦では(秋田の)選手もサポーターも盛り上がった。

 中川 今季、対戦することになる仙台、山形、秋田の印象をいわきに聞きたい。

 大倉 現役時代や前職(湘南ベルマーレ社長、GM、強化部長)の経験から話をしたい。仙台では前身のブランメル仙台時代に1年間プレーし、ユアテックスタジアム仙台のオープニングの試合にも出場した。仙台のサポーターやホームの雰囲気を考えると正直勝てる気がしない。相手にそう思わせる「熱狂空間」をつくっている。山形はとにかく堅いイメージ。選手が一生懸命で簡単には勝てない。秋田とは現場間でストレングストレーニングについての意見交換をしているなど、つながりがあり対戦を楽しみにしている。

 「ダービー」

 中川 仙台と山形の対戦は「みちのくダービー」と呼ばれ、盛り上がりを見せる。

 佐々木 冗談話だが、サポーターの間でアウェーの山形戦では峠(県境)を越える前にご飯を買って「山形にお金を落とすな」と言われていた。そのくらいの気持ちで応援に行っている。敵対心を持つのではなく、心の中でメラメラと燃やす感じだ。昨季は久しぶりに山形と試合をした。(仙台の)サポーターがヒートアップしないよう、私はじっとしていた。山形からは「ノリの悪い社長」と思われただろうね。

 相田 昨季の開幕前、サポーターから「仙台だけには負け越しては駄目だ」と言われたが、結果は1分け1敗と、負け越してしまった。それでもひいき目なしに見て仙台との2試合は面白いゲームだった。山形と仙台のチームやサポーターがどうこうというよりも、人が行き交うことによって生まれる経済効果が重要だ。そのきっかけとして「みちのくダービー」があればいい。可能であれば今季、山形と仙台を結ぶJR仙山線を青(山形)と黄色(仙台)で彩り「仙山線で試合を見に行こう」という企画をやってみたい。

 中川 山形と秋田の対戦は「奥羽本戦」と命名され、ホーム試合でのユニホーム着用権を懸けた戦いとなっている。

 相田 私が「奥羽本戦」と命名した。「鳥海山ダービー」との案もあったが、両県を走る奥羽本線に行き着き、「線」を「戦」に変えた。告知で、選手が電車に乗っているイラストを作った。中身については話し合った末、ユニホームの着用権を争うことを提案した。知らない人から見ればどうでもいいことかもしれないが、チームにとっては屈辱だ。

 岩瀬 秋田からダービーを盛り上げようと打診し、山形から提案を受けた。21年の直接対決で勝ち点を多く得た方が22年の直接対決でホームのユニホームを着用する権利を得る。秋田は21年に敗れたため、22年の試合ではホームでアウェーのユニホームを着た。屈辱だった。今季は負けないようにしたい。

 隣県で連携

 中川 昨季は山形、秋田、いわてグルージャ盛岡(今季はJ3)を加えた「奥州合戦」もあった。

 相田 こちらは「奥羽本戦」ほど明確な中身を決めずに始まった。3チームで連携した効果はあったが、内容として発展する余地があった。東北にJ1クラブがないのは寂しいが、J2クラブが四つある。4クラブで連携したい。隣県なので集客にも寄与できる。

 岩瀬 隣県同士の企画は面白いので、人を引き付けるような内容で継続したい。4県の人たちが自分たちの県を意識し、郷土愛を高めるきっかけになる。ホームのユニホームの着用権を争ったり、各県の物産を1位のチームが総取りしたりするのはどうか。

 中川 東北4チームの対戦に名前を付けるとすれば何がいいか。

 佐々木 名称を付けるのは、つながりを考えるきっかけになる。仙台市から山形県を見ると「食の宝庫」。休日になると、山形県に人が移動する。近いのに経済的にも文化的にも違いを意識できる。今季は、いわき市について知ることができる。震災で常磐線が寸断され、つながりが希薄になったが再開通している。常磐道もあり、いわき市に行こうとなる。名称は思い付かないが、4県の物産展を各試合で実施するのはどうか。昨季は東北で連携できず、消化不良に終わった。

 大倉 いわきはこれまでいわき市、双葉郡、そして浜通りを意識してきた。各クラブの話を聞き、もっと福島県を意識しなければならないと感じた。東北の4クラブで対戦する「東北シリーズ」といった枠組みで、いろいろなことができたら面白い。初めていわき市や双葉郡に来る人もいるだろうから、いわき市の良さや被災地の復興の状況を伝えなくてはいけない。試合がないときにも来てもらえるような施策ができないか、行政や各種団体と話をしている。

 集客の知恵

 中川 J2に昇格するいわきにとって観客数を増やすことが課題になってくる。観客を呼び込むアイデアや成功事例を聞きたい。

 佐々木 新型コロナ感染拡大前の19年の観客数は平均1万4000人を超えていたが、コロナ禍で一気に落ちた。回復に向けて取り組んだことで昨季は平均9000人となった。今季は1万1000人が目標だ。ただ(有料映像配信サービスの)「DAZN(ダゾーン)」で観戦するなど、コロナ禍で考え方が変わった人もいる。スタジアムに来なくなった人を呼び戻すのは難しい。そこで新たな観客の開拓に向けて考えたのが毎試合テーマを設けることだった。学生が500円で観戦できたり、持続可能な開発目標(SDGs)や女性に焦点を当てたりと。成功事例の一つに「カレーは飲み物」というイベントがある。観客が少ない平日夜に飲み物を半額にしようとしたが、それだけでは寂しいと、会議で出た「カレーは飲み物」という話題から(スタジアムで販売する料理の)半額メニューにカレーを加えた。それがテレビ番組で取り上げられ、カレーが「スタジアムグルメ」となって集客につながった。

 相田 「開幕戦」「ゴールデンウイーク」「夏休み」「最終戦」の4回を集客のポイントと位置付けている。(試合に応じて価格を変動させる)「フレックスプライス」という形でチケットの価格を3段階にし、集客したい試合を高い金額に設定、ポンチョや帽子などをプレゼントする。集客の山をつくることで宣伝しやすくなる。ホームのNDソフトスタジアム山形のある山形県総合運動公園には毎試合、飲食関係の約40店舗が出店する。サッカー以外の楽しみを多くつくることも意識している。

 岩瀬 昨季の延べ観客数は約4万8000人と、J2の中では少ない。1試合平均で約2200人だが、最終戦は約5400人に来てもらった。観客数を増やすために地道に取り組まなければならない。そして勝敗や観客数だけにとらわれず、クラブが秋田にあるという意義や価値を示していくことも大事だ。県外から相手チームのサポーター約6500人が応援に来ており、秋田の地域活性化や地方創生に貢献した。地域の財産になるようにしていきたい。

 中川 いわきの取り組みはどうか。

 大倉 1試合当たりの観客数は平均2200人。今季は4000人ぐらいにしないとスポーツビジネスとして継続できない。夢を語って協賛金を集める形から、人が集まるのでスポンサーになりたいと思ってもらえるように変えていかなければならない。ホームスタジアムへのアクセスの問題や地域経済への波及方法などで行政と知恵を絞っている。スタジアムに来る身近さを感じてもらえるようにしたい。

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 いわきFC 2015年12月にチームを運営するいわきスポーツクラブが設立した。16年に県社会人2部、17年に県社会人1部で優勝。18年に東北社会人2部南リーグで優勝すると、19年には東北社会人リーグ1部と全国地域サッカーチャンピオンズリーグを制し、JFL昇格を決めた。21年にJFLで頂点に立ってJ3に昇格すると、22年のJ3シーズン1年目で優勝し、J2昇格を決めた。

 ベガルタ仙台 1988年創部の東北電力サッカー部が前身。99年にJ2に参入し、ブランメル仙台からベガルタ仙台に改称。2002年に東北勢初のJ1チームとなった。04~09年はJ2、10~21年はJ1でプレー。13季ぶりのJ2となった22年は昇格プレーオフ圏外の7位だった。ホームのユアテックスタジアム仙台(仙台市)を中心ににぎわいを創出する「スタジアムパーク構想」を進める。

 モンテディオ山形 1984年にNEC山形サッカー同好会として発足した。JFL時代に現在のクラブ名に変更し99年のJ2創設と同時に参戦。2009~11年、15年の計4季でJ1でプレーした。14年に天皇杯で準優勝したが、15年を最後にJ1から遠ざかっている。ホームはNDソフトスタジアム山形(山形県天童市)。現在と同規模の約2万人を収容する新スタジアムを建設予定。

 ブラウブリッツ秋田 前身は1965年創部のTDKサッカー部で2010年からクラブチーム化して現名称に。14年誕生のJ3に参入。17年にリーグ優勝を果たすが、J2ライセンスが未交付のため昇格できなかった。20年には開幕から28戦無敗を記録してJ3優勝をつかみ、J2昇格。21年からJ2でプレーしている。ホームはソユースタジアム(秋田市)で、新スタジアム建設計画がある。

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 いわき・大倉智社長 おおくら・さとし 川崎市出身。早大商学部卒。いわきFCを運営するいわきスポーツクラブ社長。選手として柏レイソルやジュビロ磐田などで活躍。引退後に湘南ベルマーレ社長などを務めた。53歳。

 仙台・佐々木知広社長 ささき・ともひろ 宮城県出身。東北学院大経済学部卒。東北の郵政局勤務のほか、ゆうちょ銀行監査企画部長などを歴任。ベガルタ仙台・市民後援会理事長も務めた。2020年12月から仙台の社長。66歳。

 山形・相田健太郎社長 あいた・けんたろう 山形県出身。東洋大経営学部卒。旅行会社を経て2003年からJ2水戸。07年にプロ野球楽天、17年にはJ1神戸で勤務した。18年12月にモンテディオ山形の社長に就任。48歳。

 秋田・岩瀬浩介社長 いわせ・こうすけ 茨城県出身。2006年に東北社会人リーグのTDKサッカー部(現ブラウブリッツ秋田)に入団しJFL昇格に貢献。引退後は広報部長などを務め12年に31歳の若さで社長就任。41歳。